夏の夜風が頬を撫でる。
 静かに上を見上げると、キラキラと音の聞こえてきそうなぐらいに星が輝いていた。
 目が潤んでいる? でも、まだ泣くわけにはいかない。
 これからだ、私が、私の音を響かせるのは。
 「力を貸して。オーちゃん」
 私は胸の前で握りしめたオーボエに優しく語りかけた。
 そして、再び空を見上げた。
 「伝わるよね。お父さん」
 空では星が瞬いている。
 確かに瞬いている。

 「うん」と確信した後、私はゆっくりとオーボエのリードを下唇に乗せ巻き込む様に口に含んだ。静かに、優しく、でもしっかりとオーボエに息を吹き込んでいく。その音が空に広がっていくとともに、全ての想いが、今この瞬間に凝縮され一つの音となる。
 ……ありがとうを伝えたい。
 その、これまでの全ての想いが、まるで波の様に押し寄せては引いていく。決して途切れることなく。
 連なって、重なって、溶け合って……

  ○

 中学生になって吹奏楽部入った私は、1ヶ月のテスト期間の後、担当パートを決めるときに、おずおずとだが、しっかりとオーボエパートに手を挙げた。周りでちょっとした騒めきが起きた。分かってる、私がこうやって意思表示をするのが珍しいから。オーボエは各学年に担当者が一人。もうすでに何人か手を挙げていたオーボエパートに手を挙げた私を、みんなは物珍しがって見ていた。クスクスという笑い声が聞こえる。「えー」という否定的な声まで混じっている。
「星音瑠璃さん」
「……はい」
 先輩に呼ばれた私は、何とか小さく返事をした。
 ……良かった声がでた。
 私はホッと安堵の息を吐き出して立ち上がった。たったこれだけでクラクラする。手にすごい汗をかいているのが分かった。我ながら大丈夫かと思う。だって、私には場面緘黙症という厄介な症状があったから。
 それでもオーボエが吹きたくて、急に喋れなくなる、そんな症状があるからこそ、まるで歌っているかの様に包み込んでくれるその音色の、そして簡単には声を聴かせてくれない扱いの難しいオーボエが吹きたくて、全ての勇気を振り絞って立候補したんだ。
 音楽室は3階だったけど、窓の外から陸上部の練習で使っているスターターピストルの「パン!」という音が聞こえてきた。
 動き出した。
 始まったんだ。
 この日には、そんな想いが詰まっている。