向かう先は職員室じゃなく清香先輩の学年の教室が並ぶ階へ。自分のとは違う教室の扉を開けて、清香先輩は少し会話を交わして鍵を中の相手に渡すとすぐに中から扉は閉められた。


何を話してたかは聞き取れない。俺は距離をとったところから、教室の扉を閉める際に見えた中の奴を睨みつけてはみたけど、きっと奴は気にしてもいないんだろう。清香先輩のことも。清香先輩を待つ俺のことも。


 一分も経たないうちに、教室の中からは一組の男女が楽しそうに笑う声が響いてきた。


「あーあ。まだ帰りたくないな~。暗くなんないでくれればお別れしなくてもいいのかな。いっそ白夜とかになればどうだろ。日本の沈まない太陽、清香先輩どう思う? 白夜の国では色んなベリーが有名ってテレビで言ってた。清香先輩は苺好きだから、ベリー繋がりで好きでオッケーならいいんだけど」


「杉浦くんの話はあっちこっちに飛んでいつも賑やかね。フルーツはだいたいなんでも好きだけど、私はこの国でいいわ。桃とか枇杷とか梨とかさくらんぼ、蜜柑なんて最高」


「そっか。残念だな~」


 振り返った清香先輩は少し寂しそうに見えて。けど、バカな後輩を仕方ないなあといったふうに微笑む。


 駅までの道のりを清香先輩と並んで歩き、到着してからは反対方向のホームの電車で帰っていく清香先輩を見送って、自分も来た電車に乗り込んだ。


「……」


 電車に踏み入れた一歩は、感情を入れ込み過ぎてしまったみたいな大きく重いものだった。


 図書室の鍵を返しに行く途中、駅までの道、清香先輩の動きに合わせていつも揺れる枝珊瑚モチーフのヘアアクセサリー。それしか髪を飾らない枝珊瑚は、清香先輩が幼馴染みの男から昔もらったらしいもの。……図書室の鍵を返しに行った相手が、その幼馴染みの男だった。


「……あんな奴、燃えてしまえ」


 けどそれだと清香先輩はきっと悲しむ。


 悔しい……悔しい大嫌いだあんな……。


 あんな男に優しい清香先輩が切なくて、けど、それは俺の個人的過ぎる欲もずいぶん混じっていて。


 清香先輩が俺を好きになってくれればいいのにと願ってしまった。バカな俺で、清香先輩がどれだけ幸せになってくれるかもわからないのに。