旧校舎二階、廊下を進んだ突き当たりにある図書室にはお姫様が囚われている。


 少しの間のことだけど。週に二度か三度の放課後、一ヶ月くらいの間だけ。


 囚われの姫は、一度も太陽を浴びたことがないんじゃないかと疑うくらい色白で透き通ってしまいそうな肌をしている。性格を表したみたいな長い黒髪は、雨の日でもうねりひとつない真っ直ぐで、触ったらきっと俺の手なんか抵抗なく一瞬で滑り落とされてしまうんだろう。その綺麗な髪を枝珊瑚がモチーフのヘアアクセサリーでハーフアップにしていて、俺はその落ちない枝珊瑚に嫉妬しながら、密かに彼女のことを深海姫と名付けた。


 誰に助けを求めるでもなく、独りで、ただひたすら耐え忍ぶ姫。


「なにバカなことを」


 どうやら声に出てしまってたようで、お姫様はその奥二重の瞳を細めて苦笑いする。まさか全部声にしちゃいないよなと焦ったけど、別に聞かれてもいいかとも思い直した。


 笑みの合間に瞳の奥がきらりと光ると、まるでそこに隠してた宝石を見せてくれたみたいで舞い上がってしまうくらい、俺にとって特別な人。


「先輩。清香先輩」


「なあに、杉浦くん」


「清香先輩は、泡になって消えてしまわないでくださいね」


「バカなことを」


 こんな健康的なのに、と右腕を曲げて制服の長袖ブラウスからは見えないけどきっと全く盛り上がらない上腕二頭筋を見せてくる。俺はその様子に一歩近づいてみたくて、けど、図書室のカウンターの向こうにいる清香先輩には叶わない。


 ああけど、カウンターなんてあってもなくても……。


「先輩が消えないでいてくれるなら、俺はそれで充分ですよ」


 嘘だけど。


 窓から外の様子を見ると暗くなりはじめてきていた。短くなった秋は、日が沈むのも途端に早くなる。そろそろ帰る時間と清香先輩は戸締まりを始め、いつもそれを見て覚えた俺も手伝いに動いた。


 この旧校舎にある図書室は今は保管庫として使用していて、実際の図書室は新校舎にある。新校舎に移動させる本と残す本とを分ける作業を、図書委員の清香先輩は任されていた。選別は決まっていてリストはあるけど、書棚に無秩序に並ぶ本たちを根気よく見つけるのが大変らしい。気が病みそうな作業も、清香先輩にはそうじゃないみたいで、疲れはするけどと粛々とこなしていた。本来なら二人分の作業を、時には楽しそうに。


「新しい図書室は確かに綺麗だけど、南向きなのはどうなの。でも、空調とカーテンはちゃんと考えられてるから大丈夫よね。そもそもそんな貴重なものは移さないし」


 鍵を返しがてらの道中で清香先輩が首をひねり、俺が口を挟む暇なく自分で納得してしまう。