「亜希、今、時間は?」
亜希は急いでスタジオの時計を見る。
「12時59分12秒。間に合ったよ! よし、スタンバイだ」
遥菜は、マイクの前に座り、ヘッドフォンをして呼吸を整える。亜希は遥菜の向かいにあるミキサー卓の席に座った。
「亜希、カフを上げてマイクチェックするよ。チェック、チェック。マイクワン。ワンツー、ワンツー」
「マイクチェックOKだよ。もういつでも放送できる」
校内放送をしてきた二人は息がぴったりだった。亜希は手早くCDプレイヤーに雅記の音源と、昨日、二人で製作したジングルの音源を入れる。
スタジオの外では、スタッフが中に入ろうとドアに体当たりしているが、防音の重厚なドアは決して壊れない。窓ガラス越しにスタッフが狂ったように喚いていた。
「本番10秒前、8、7、6、5秒前。4、3、じゃあ、ジングルから入ります!」
亜希はカウントダウンをし始めた。いよいよ本番だ。午後1時の自報音が鳴り響いて、スタジオのオンエアランプが赤く灯った。
亜希がCDプレイヤーをミキサーから再生させると、「いなべハイスクール・スペシャル・プログラム」と流ちょうな英語で話すナレーションとアタック音をミックスしたオリジナル音源が流れた。無事放送がスタートしたのだ。
「やったあ!」と亜希が大声を上げる。そしてBGMに切り替わると亜希は右手を上げ、遥菜に見えるように手の平を振った。
キューだ。
遥菜はカフを上げた。
「皆さん、こんにちは。いなべ高校、放送部2年の和南遥菜です。すいません、本来なら昼の生放送番組が始める時間ですが、この時間は、……私が、このグリーンクリエイティブFMをジャックします!」
亜希は「落ち着いて」とカンペを出してきた。遥菜は頷く。
「3分間だけ、どうか私に時間をください。私が番組をジャックする理由、それは、今日高校を卒業した、ある先輩に自分の気持ちを伝えるためです。本当は、この前、フラれました。フラれたのに、諦めたくないから、こうしてラジオの電波にのせて届くように祈っています」
亜希がBGMをスローテンポな曲に入れ替えた。
「人付き合いが苦手だけど、すごくかっこいい楽曲をつくるM先輩、聴こえていますか? 私の声は、あなたに届いていますか? 東京に行く途中の先輩にどうしても伝えたいことがあります。そして私の言うことを受け入れてくれるなら、どうか、このグリーンクリエイティブFMの番組宛にメールをください。アドレスはgreen@inabefm.jpです。今、スタジオにいるので、私は、このアドレス宛のメールが見られます」
亜希は、ミキサーの背後にあるリスナーからの番組宛メールを確認した。他のリスナーからのメールはたくさんあったが、雅記からのものはない。亜希は首を振って、まだ届いていないことを遥菜に伝えた。
「先週、私、先輩からフラれた時、すごく悲しかったです。でも、諦めないことにします。夢に向かって努力しているのは、先輩だけではないです。私も将来、アナウンサーになりたい! だからアナウンスの通信講座を受講したり、テレビ局でアルバイトしたり、動画や音声ファイルのコンテストに応募したり、やれることをやっています。先輩のようにプロから高く評価されることもまったくないですけど、想いは誰にも負けません。先輩は自分が変な目で見られると嘆いていましたが、私もそうです。普通の女の子らしいことなんか、全然興味がありません。先輩のように才能もなく、アナウンサーにもなれていない私ですが、それでもできることがあります。それが、伝えること。例え傷ついてでも、私は今、ラジオで伝えます。世界の誰より、私は先輩が好きです」
入り口に置かれた机やイスが少しずつ押し込まれ、スタジオ入り口のドアが開き始めた。亜希は指先で円を何度もグルグルと描く。「時間がないから急げ」と指示している。もはや、ここまでだ。
「私は先輩に傍にいてほしいし、二人で色んな表現のステージを見たいです。先輩と一緒だったら、今より大きなことができるような予感がするんです。夢は一人より二人でシェアした方が楽しいです。届いていますか、私の声は? 私は目に見えない電波に向けて祈っています。もう、一人殻の中に閉じ籠ることから卒業してください! 他人に、いや、できれば私に心を開いてください。東京に行っても、私は先輩と繋がっていたい! 好き!」
とうとう、スタジオにスタッフがなだれ込んできた。
「キタ~!」
亜希は取り押さえようとする大人をかわし、メールの受信した画面を見せようと、パソコンごと遥菜に手渡す。
遥菜は涙を流した。
(嬉しかったよ。ありがとう。ボクもあなたと繋がりたい。近堂雅記)と書かれ、LINEアドレスのQRコードが画像で添付されている。遥菜は取り押さえる大人を押し飛ばして、素早く自分のケータイを取り出して、QRコードを読み取った。
「亜希! やったよ!」
「さすが、同志! 遥菜、サイコー!」
その瞬間、二人はスタッフに取り押さえられ、わずか3分のラジオジャックは終わった。(了)
亜希は急いでスタジオの時計を見る。
「12時59分12秒。間に合ったよ! よし、スタンバイだ」
遥菜は、マイクの前に座り、ヘッドフォンをして呼吸を整える。亜希は遥菜の向かいにあるミキサー卓の席に座った。
「亜希、カフを上げてマイクチェックするよ。チェック、チェック。マイクワン。ワンツー、ワンツー」
「マイクチェックOKだよ。もういつでも放送できる」
校内放送をしてきた二人は息がぴったりだった。亜希は手早くCDプレイヤーに雅記の音源と、昨日、二人で製作したジングルの音源を入れる。
スタジオの外では、スタッフが中に入ろうとドアに体当たりしているが、防音の重厚なドアは決して壊れない。窓ガラス越しにスタッフが狂ったように喚いていた。
「本番10秒前、8、7、6、5秒前。4、3、じゃあ、ジングルから入ります!」
亜希はカウントダウンをし始めた。いよいよ本番だ。午後1時の自報音が鳴り響いて、スタジオのオンエアランプが赤く灯った。
亜希がCDプレイヤーをミキサーから再生させると、「いなべハイスクール・スペシャル・プログラム」と流ちょうな英語で話すナレーションとアタック音をミックスしたオリジナル音源が流れた。無事放送がスタートしたのだ。
「やったあ!」と亜希が大声を上げる。そしてBGMに切り替わると亜希は右手を上げ、遥菜に見えるように手の平を振った。
キューだ。
遥菜はカフを上げた。
「皆さん、こんにちは。いなべ高校、放送部2年の和南遥菜です。すいません、本来なら昼の生放送番組が始める時間ですが、この時間は、……私が、このグリーンクリエイティブFMをジャックします!」
亜希は「落ち着いて」とカンペを出してきた。遥菜は頷く。
「3分間だけ、どうか私に時間をください。私が番組をジャックする理由、それは、今日高校を卒業した、ある先輩に自分の気持ちを伝えるためです。本当は、この前、フラれました。フラれたのに、諦めたくないから、こうしてラジオの電波にのせて届くように祈っています」
亜希がBGMをスローテンポな曲に入れ替えた。
「人付き合いが苦手だけど、すごくかっこいい楽曲をつくるM先輩、聴こえていますか? 私の声は、あなたに届いていますか? 東京に行く途中の先輩にどうしても伝えたいことがあります。そして私の言うことを受け入れてくれるなら、どうか、このグリーンクリエイティブFMの番組宛にメールをください。アドレスはgreen@inabefm.jpです。今、スタジオにいるので、私は、このアドレス宛のメールが見られます」
亜希は、ミキサーの背後にあるリスナーからの番組宛メールを確認した。他のリスナーからのメールはたくさんあったが、雅記からのものはない。亜希は首を振って、まだ届いていないことを遥菜に伝えた。
「先週、私、先輩からフラれた時、すごく悲しかったです。でも、諦めないことにします。夢に向かって努力しているのは、先輩だけではないです。私も将来、アナウンサーになりたい! だからアナウンスの通信講座を受講したり、テレビ局でアルバイトしたり、動画や音声ファイルのコンテストに応募したり、やれることをやっています。先輩のようにプロから高く評価されることもまったくないですけど、想いは誰にも負けません。先輩は自分が変な目で見られると嘆いていましたが、私もそうです。普通の女の子らしいことなんか、全然興味がありません。先輩のように才能もなく、アナウンサーにもなれていない私ですが、それでもできることがあります。それが、伝えること。例え傷ついてでも、私は今、ラジオで伝えます。世界の誰より、私は先輩が好きです」
入り口に置かれた机やイスが少しずつ押し込まれ、スタジオ入り口のドアが開き始めた。亜希は指先で円を何度もグルグルと描く。「時間がないから急げ」と指示している。もはや、ここまでだ。
「私は先輩に傍にいてほしいし、二人で色んな表現のステージを見たいです。先輩と一緒だったら、今より大きなことができるような予感がするんです。夢は一人より二人でシェアした方が楽しいです。届いていますか、私の声は? 私は目に見えない電波に向けて祈っています。もう、一人殻の中に閉じ籠ることから卒業してください! 他人に、いや、できれば私に心を開いてください。東京に行っても、私は先輩と繋がっていたい! 好き!」
とうとう、スタジオにスタッフがなだれ込んできた。
「キタ~!」
亜希は取り押さえようとする大人をかわし、メールの受信した画面を見せようと、パソコンごと遥菜に手渡す。
遥菜は涙を流した。
(嬉しかったよ。ありがとう。ボクもあなたと繋がりたい。近堂雅記)と書かれ、LINEアドレスのQRコードが画像で添付されている。遥菜は取り押さえる大人を押し飛ばして、素早く自分のケータイを取り出して、QRコードを読み取った。
「亜希! やったよ!」
「さすが、同志! 遥菜、サイコー!」
その瞬間、二人はスタッフに取り押さえられ、わずか3分のラジオジャックは終わった。(了)