「おはよう、都丸くん」

 三月になり、日本列島の早いところでは桜が開花し始めた。

 卒業までは本当に、残り僅かな日々。毎朝身に纏う制服だって、愛しくなる時期。

「お、おはようございます。って、うっわ!」

 まだ登校するには早い時間帯。久々に朝の玄関で出会(でくわ)したわたしに、都丸くんは挙動がおかしくなっていた。

 バタンとホウキを床に落としたかと思ったら、それを拾うことすらできずに、おろおろする。
 代わりにホウキを拾ったわたしは、「はい」と冷静に彼へ渡した。

「あ、ありがとうございますっ」
「ねえ、都丸くん」
「は、はい」
「都丸くんはさ、朝も夕方も、いつもいつもここにいるから、色んな話が耳に入ってきちゃうんだね」
「え?」
「だからわたしに関する噂も耳にした。そしてその良いところだけを切り取って、わたしに手紙で知らせてくれた。って、そうでしょう?」

 (まじろ)ぎしない瞳でそう聞くと、都丸くんはバツが悪そうに、こめかみを掻く。
 困ったような双眸が揺らいだが、「はい……」と観念した。

「ありがとうね、都丸くん」

 やがて運ばれてくる春の風。
 それに乗って香る桜の香りのような、上品で優しい笑顔が作れてたらいいなと思った。