教室に着く頃には、雪は音もなく降り止んでいた。

 地面に積もった雪たちは、きっと明日も溶けることはないだろう。

 むしろ、今日積もった雪が1日かけて溶け、人に踏み固められ、夜の冷気で凍っていく。

 明日の朝には、ふわふわの白い雪の絨毯ではなく、綺麗に足跡がくっきりと刻まれた氷へと変貌しているだろう。

 それが、何よりも怖い。歩いているだけで、滑って転んでしまう恐れがあるから。

 去年の冬だけで、何回転んだか数え切れないほどだ。

 大きな怪我まではなかったが、今年はもしかしたら...何があるかわからない。

「はぁ〜! 教室あったかいわ!俺が溶けちゃいそう」

「いいよ溶けても。液体になったら、雑巾で集めておくからさ」

「おぉ、めっちゃ冷たいな!一瞬冷気が首元を過った気がする」

「冗談だって」

「いや、玲が言うと冗談に聞こえないぞ・・・」

 顔を見合わせて笑い合う僕ら。その横を音をたてる事なく素通りしていく花村さん。

 1度も僕を見ることなく、自分の席に座り普段通り教室に馴染む。

 すらっと真っ直ぐに伸びた彼女の背筋。彼女がこのクラスに実体として存在したら、一体どれだけの人間が彼女に目を奪われてしまうだろうか。

 予想でしかないが、たぶん見ないものはいないはず。今は僕だけが彼女を視界に捉えることができる。正直な話、少しだけ優越感が胸の片隅に存在しているんだ。

 もちろん、話す相手がいるわけでもないので、僕だけの秘密だけれど。

 あれ...僕はいつから彼女を目で追ってしまっているのだろう。気付けば、彼女のことを目で追っていた。今日の登校時、彼女を見つけた時からずっと。

 もしかしたら、僕は彼女のことを気になり始めているのだろうか。もし、そうだとしても僕は彼女に想いを伝えることはできない。まずは、彼女をこの世界へと連れ戻さないといけないんだ。

 彼女が僕に呟いた『助けて』という言葉を僕は、忘れてなどいない。悲しみに満ちた君を僕が必ず助ける。だから...

「・・・い。玲! 聞いてるか?予鈴なったぞ。早く座らねーと先生くるぞ」

「あ、うん。ありがと」

「おう!」

 その場に固まっていた足を動かし、自分の席に腰を下ろす。隣には、花村さんが一寸も狂わない眼差しで教卓を見つめている。

 僕のことなどこれぽっちも眼中になどないかのように。

 でも、今思えば僕も彼女と話すまではこうだったのだ。彼女の存在に気が付いておきながら、気付いていないふりをしていたんだ。

 そうか。彼女はこんなにも苦しかったんだな。僕はこの時、初めて彼女の辛さの一部を身を持って知った。