「おかえり、佳奈さん」
「えへへ、ただいま!玲くんって意外と泣き虫なんだね」
「こ、これは!」
「嬉しいよ。ありがとうね、またこうして玲くんと再会できて本当は抱きしめたくなるくらい嬉しいんだ」
陽光が彼女を背後から照らし、彼女の輪郭を光が装飾する。女神様みたいだ。
近くのベンチに2人で腰を下ろし、眼前に広がる街を見下ろす。あの日とは違った光景。あの日が僕らにとって終わりの夜を表しているなら、今の光景は僕らのスタートを表しているのだろうか。
そうであるなら嬉しいと思う。僕らのスタートはこれからなのだから。
「突然消えちゃってごめんね」
ポツリとつぶやいた彼女の言葉を僕は聞き逃さなかった。返事をすることなく、耳だけを彼女の方へと傾ける。
「私ね、あの後病院で目が覚めたの。目が覚めた時に、両親が私のベッドの側にいて涙を流していたの。初めて見る親の涙は、子供からすると言葉を失うくらい衝撃的なんだね。それから、私は検査をしつつママにあるお願いをしたの」
「お願い?」
「うん。学校を退学したいってね」
「どうして。学校に来たら、僕がいたのに。やっぱり君はまだ・・・」
「違うよ」
空気を切り裂くような覚悟の決まった声に思わず、姿勢をただしてしまう。
「どのみち私は、玲くんとは卒業できなかった。出席日数が足りていないから。だからね、私は高等学校卒業程度認定試験を受けることにしたの。私もね、玲くんと同じ大学を目指すよ。もしかしたら、玲くんは高校に通った方がいいっていうかもしれないけれど、私は玲くんがいない学校は行きたくないな。ごめんね、急に色々な事言われて頭いっぱいだよね」
確かに頭はいっぱいだ。でも、それ以上に嬉しい報告ばかりで気分が上がってしまう。
「僕の進学する大学結構頭いいよ?」
「え、誰に言ってんの? 私だよ? 余裕です!」
「じゃあ、僕は一足先に先輩として佳奈さんのことを待っているよ」
「うん。待っててほしいな。それと、可愛い子がいたからって絶対に振り向いちゃダメだからね!」
彼女はほんっとうに何もわかっていないらしい。彼女より可愛い人なんて僕は今まで見たことがないのだから。
仮にいたとしても僕の心は完全に君の虜になってしまっているんだよ。
あえて口には出さずに彼女を見つめる。
「んー、それはどうかな?僕待っていられるかな〜」
僕を散々待たした仕返しとして、これくらいは許してよね。どれだけ時間がかかっても僕は君を待ち続けるからさ。
「あー! 玲くんの意地悪! どうせ待っているくせに!」
「さぁ〜?」
一瞬で見破られてしまったが、これはこれで嬉しい。互いに信じ合っているのが、言葉や心を通じて感じられる。
携帯の画面をスクロールすると、懐かしい画面が出てきた。今の僕には必要のない画面。そして、絶対に彼女には見られてはいけないものだ。
「何隠してるの?」
「え?」
「なんかずっとコソコソしてるけど、玲くん意外とわかりやすいからバレバレだよ」
「別に隠してなんか・・・」
「まぁいいけどね。隠したい理由があるらしいけど、私それ知ってるからね」
「知ってるの?」
「うん。知ってるよ。花でしょ?」
「な、なんで知ってるのさ」
「私ね、意外と花言葉知ってるのよ。前に1度だけ私の机の上に赤いブーゲンビリアが置かれてた。その時に気がついちゃったの。赤いブーゲンビリアの花言葉は、『あなたしか見えない』玲くんにしか視えない私に向けられたメッセージだったのよね。玲くんはバレないとでも思ってたんでしょうけど、その頃には玲くんが私のことを視えているのには気付いていたからね」
そうだったのか。意外なところでバレてしまったな。バレないと思っていたのに、まさか彼女が花言葉を知っているとは思ってもみなかった。
「そっか。バレてたんだ」
「でも、どうしてある日を境に私の机の上に毎日違った花を添えてくれてたの?それだけは本当にわからないの」
「それは、佳奈さんが外に咲いている桜をもの寂しそうに眺めていたから。もっと、違う花を見せてあげたら喜ぶかなって思って・・・それに初めて佳奈さんが視えた時、花のように美しかったから。結構大変だったし、佳奈さんに変なあだ名付けられちゃったけど、今はしてよかったなって思ってる」
公園を彩るための桜が、今はまだ蕾の状態。きっと僕が入学式の頃にはこの公園にも満開の桜が咲き乱れるだろう。
その桜の下で、彼女とお花見でも出来たらいいな。きっと人生で1番思い出に残るお花見になるだろうから。
「そうだったのね。『花子さん』私とはまったく関係のないあだ名ね」
「実は今日も花置いて来たんだ。最後に自分の机の上にね」
「なんの花を置いてきたの?」
「んー、それは内緒だよ!」
僕らの春は再び幕を開けようとしていた。今度は、お互いにこの世界を生きている人間として、この先の人生も彼女の隣で生きていけたらいいなと願う。
そっと垂れ下がる彼女の左手と自分の右手を重ね合わせる。あの時、感じることができなかった彼女の温もり。これからは絶対にこの手を離さない。
例え、どんなことがあろうと僕は彼女を守ってみせるから。
僕の願いが通じたのか、手に力がこもる彼女。空には透明な半分に欠けた月が僕らを見下ろしていた。
誰もいなくなった教室。ひとつの机の上に一輪の花が添えられている。
教室内に舞う埃を窓から差し込む陽光が浮き彫りにしている中、凜とその花だけは咲いていた。
美しい青色の花びら。サイズは大きいのに、派手すぎずシックな印象の花。
通称・アネモネ。花言葉は『信じて待つ』
花瓶に生けられた青いアネモネの下に書かれた黒い油性ペンの文字。
『信じてくれてありがとう』と書かれた文字が綺麗に並べられていた。
「えへへ、ただいま!玲くんって意外と泣き虫なんだね」
「こ、これは!」
「嬉しいよ。ありがとうね、またこうして玲くんと再会できて本当は抱きしめたくなるくらい嬉しいんだ」
陽光が彼女を背後から照らし、彼女の輪郭を光が装飾する。女神様みたいだ。
近くのベンチに2人で腰を下ろし、眼前に広がる街を見下ろす。あの日とは違った光景。あの日が僕らにとって終わりの夜を表しているなら、今の光景は僕らのスタートを表しているのだろうか。
そうであるなら嬉しいと思う。僕らのスタートはこれからなのだから。
「突然消えちゃってごめんね」
ポツリとつぶやいた彼女の言葉を僕は聞き逃さなかった。返事をすることなく、耳だけを彼女の方へと傾ける。
「私ね、あの後病院で目が覚めたの。目が覚めた時に、両親が私のベッドの側にいて涙を流していたの。初めて見る親の涙は、子供からすると言葉を失うくらい衝撃的なんだね。それから、私は検査をしつつママにあるお願いをしたの」
「お願い?」
「うん。学校を退学したいってね」
「どうして。学校に来たら、僕がいたのに。やっぱり君はまだ・・・」
「違うよ」
空気を切り裂くような覚悟の決まった声に思わず、姿勢をただしてしまう。
「どのみち私は、玲くんとは卒業できなかった。出席日数が足りていないから。だからね、私は高等学校卒業程度認定試験を受けることにしたの。私もね、玲くんと同じ大学を目指すよ。もしかしたら、玲くんは高校に通った方がいいっていうかもしれないけれど、私は玲くんがいない学校は行きたくないな。ごめんね、急に色々な事言われて頭いっぱいだよね」
確かに頭はいっぱいだ。でも、それ以上に嬉しい報告ばかりで気分が上がってしまう。
「僕の進学する大学結構頭いいよ?」
「え、誰に言ってんの? 私だよ? 余裕です!」
「じゃあ、僕は一足先に先輩として佳奈さんのことを待っているよ」
「うん。待っててほしいな。それと、可愛い子がいたからって絶対に振り向いちゃダメだからね!」
彼女はほんっとうに何もわかっていないらしい。彼女より可愛い人なんて僕は今まで見たことがないのだから。
仮にいたとしても僕の心は完全に君の虜になってしまっているんだよ。
あえて口には出さずに彼女を見つめる。
「んー、それはどうかな?僕待っていられるかな〜」
僕を散々待たした仕返しとして、これくらいは許してよね。どれだけ時間がかかっても僕は君を待ち続けるからさ。
「あー! 玲くんの意地悪! どうせ待っているくせに!」
「さぁ〜?」
一瞬で見破られてしまったが、これはこれで嬉しい。互いに信じ合っているのが、言葉や心を通じて感じられる。
携帯の画面をスクロールすると、懐かしい画面が出てきた。今の僕には必要のない画面。そして、絶対に彼女には見られてはいけないものだ。
「何隠してるの?」
「え?」
「なんかずっとコソコソしてるけど、玲くん意外とわかりやすいからバレバレだよ」
「別に隠してなんか・・・」
「まぁいいけどね。隠したい理由があるらしいけど、私それ知ってるからね」
「知ってるの?」
「うん。知ってるよ。花でしょ?」
「な、なんで知ってるのさ」
「私ね、意外と花言葉知ってるのよ。前に1度だけ私の机の上に赤いブーゲンビリアが置かれてた。その時に気がついちゃったの。赤いブーゲンビリアの花言葉は、『あなたしか見えない』玲くんにしか視えない私に向けられたメッセージだったのよね。玲くんはバレないとでも思ってたんでしょうけど、その頃には玲くんが私のことを視えているのには気付いていたからね」
そうだったのか。意外なところでバレてしまったな。バレないと思っていたのに、まさか彼女が花言葉を知っているとは思ってもみなかった。
「そっか。バレてたんだ」
「でも、どうしてある日を境に私の机の上に毎日違った花を添えてくれてたの?それだけは本当にわからないの」
「それは、佳奈さんが外に咲いている桜をもの寂しそうに眺めていたから。もっと、違う花を見せてあげたら喜ぶかなって思って・・・それに初めて佳奈さんが視えた時、花のように美しかったから。結構大変だったし、佳奈さんに変なあだ名付けられちゃったけど、今はしてよかったなって思ってる」
公園を彩るための桜が、今はまだ蕾の状態。きっと僕が入学式の頃にはこの公園にも満開の桜が咲き乱れるだろう。
その桜の下で、彼女とお花見でも出来たらいいな。きっと人生で1番思い出に残るお花見になるだろうから。
「そうだったのね。『花子さん』私とはまったく関係のないあだ名ね」
「実は今日も花置いて来たんだ。最後に自分の机の上にね」
「なんの花を置いてきたの?」
「んー、それは内緒だよ!」
僕らの春は再び幕を開けようとしていた。今度は、お互いにこの世界を生きている人間として、この先の人生も彼女の隣で生きていけたらいいなと願う。
そっと垂れ下がる彼女の左手と自分の右手を重ね合わせる。あの時、感じることができなかった彼女の温もり。これからは絶対にこの手を離さない。
例え、どんなことがあろうと僕は彼女を守ってみせるから。
僕の願いが通じたのか、手に力がこもる彼女。空には透明な半分に欠けた月が僕らを見下ろしていた。
誰もいなくなった教室。ひとつの机の上に一輪の花が添えられている。
教室内に舞う埃を窓から差し込む陽光が浮き彫りにしている中、凜とその花だけは咲いていた。
美しい青色の花びら。サイズは大きいのに、派手すぎずシックな印象の花。
通称・アネモネ。花言葉は『信じて待つ』
花瓶に生けられた青いアネモネの下に書かれた黒い油性ペンの文字。
『信じてくれてありがとう』と書かれた文字が綺麗に並べられていた。