互いに無言が続く。決して嫌な時間ではないが、今彼女が何を思っているのかだけは気になって仕方がない。

 ふと空を見上げると、先ほどまでは青い空に隠れていた星々が自らの存在を主張するように光り輝いていた。

 人々の不安など取り消してくれそうな輝き。隣を歩いている彼女には眩しすぎるくらいだろう。

「立花くん」

 彼女の優しげな声が僕の鼓膜を震わす。

「はい」

「私やっぱり・・・」

「花村さん・・・いや、佳奈さん! これから時間ありますか?」

「私はあるけど、立花くんは時間大丈夫なの?」

「うん。これから行きたいところあるんだけど、来てくれる?僕の好きな場所なんだ」

「うん!行ってみたいな」

 無邪気な子供に見えた。とても重圧で押しつぶされそうな彼女ではなく、今この瞬間を楽しんでいるような素の彼女を知れた気がした。

「ちょっと、寄り道するけど許してね」

「いいよ。私、家に帰っても何もすることがないから」

 異常なくらい冷たい言葉だった。僕が発する意味とは大きく異なる言葉。

 彼女は本当に帰っても何もすることができないのだろう。実体を持ってはいないから。

 改めて彼女の置かれている立場を目の当たりにしてしまい、少しだけ気まずくなってしまった。

 道端に置かれた自販機の光が眩しい。煌々と光る人工的な光が、空から照らす自然光にも負けていない。

 寒いので、温かい飲み物を買うか迷ったが、彼女は温かさすら感じ取れないのでやめた。自分だけあの温もりを感じるのは、不公平すぎる。いつかは、彼女にもあの温かさを一緒に味わってほしいな。

「これから行くところってどんなところなの?」

「んー、それは着いてからのお楽しみだよ」

「えー、立花くんって意外と意地悪なのね」

「そうかな? 花村さんにだけかもよ?」

「・・・佳奈」

「ん?」

「佳奈って呼んでよ。さっき佳奈って呼んでたじゃん」

「え、あ? そうだっけ?」

 僕は彼女のことを名前で呼んでいたのか。全く気が付かなかった。必死だったこともあって、無意識に呼んでしまっていたのかもしれない。

「うん。佳奈がいい。私も玲くんって呼ぶから」

 「なんで下の名前知っているの」と口から出てしまいそうになった。声に出さないようにグッと言葉を飲み込み、頭の中から完全に消すことに専念する。

「分かった。よろしく、佳奈さん」

「よろしくね、玲くん!」

 僕らの距離は離れているが、心の距離だけは数分の間にかなり縮まった気がした。僕の勘違いでなければいいのだけれども...