「ごめん、急に大きな声出して」
私の言葉に楠君は大丈夫とでもいうように私の手を握る力を強めた。楠君の手の温かさは私を安心させた。
「でもどうして私を?」
おずおずと訊いた私に、楠君はまた笑顔を取り戻す。
「入学してすぐに、球技大会があった」
楠君の声に私は記憶を手繰り寄せる。
「うん。あったね。なんだっけ、仲良くなるようにみたいな、レクレーション的なものだよね?」
「そう」
頷いて、楠君は懐かしそうに目を細めた。
「俺は、人見知りで。大勢の中にいるのも苦手で。ボールをとりにいったんだ」
ボール?
「あ」
そうだ、背の高い男子が一人でボールを運んでいた。大変そうだったから、私は手伝いに行ったのだ。
「背が高いねって声をかけてくれた」
楠君が言う。
そうだった。うん。
私もその時を思い出していた。
「何センチあるの? って私、訊いた」
楠君は嬉しそうに笑って頷いた。
私はいくつかのボールを楠君の手からとって一緒に並ぶと、そう声をかけたのだ。
「百八十一センチ。楠君の身長、百八十一センチだったよね」
私は思い出すままに、楠君が答えた数字を呟いていた。楠君はそんな私にまた嬉しそうに笑って頷いた。
「俺はそのとき、その小さな女子の笑顔に、一目ぼれしたんだ」
「一目ぼれ?」
私に、一目ぼれ? この楠君が?
なんだか温かいようなくすぐったいような不思議な感覚が私を満たす。
背の高い楠君が部屋にいると、部屋がなんだか狭く感じられる。なのに、息苦しいような、それでいて心地悪くはないような、変な感じがした。
楠君はどうなんだろう。そう思って楠君を見て、私は自分のことのように恥ずかしくなってしまった。楠君が耳まで赤くなっていたから。
なんだかさっきから心臓が痛いほどに早鐘を打っている。
今日のことが頭をぐるぐるめぐる。
――夕璃は今まで経験したことがないことを一気に経験しちゃったって感じだな。
大和の言葉が蘇った。
本当にそうだ。いろいろあった。持田君に誘われて。楠君に抱えられて。断って。一人で帰るつもりだったのに、楠君と帰って。はぐれて。
でも、どうして私、楠君にはしっかり断ることができなかったのだろう。
ひとつの大きな疑問。
持田君の気持ちに対して、恐れを抱いたのに、楠君には怖さは感じなかった。
「あのね。私、好きって気持ち、まだ分からなくて」
ぽつんと呟いた私に、楠君はちょっと目を見開いた。
「そう、なんだ?」
そして肩を落とす。楠君の大きな身体が小さくなったように見えて、私は慌てて次の言葉を紡ぐ。
「でもね、今日いろいろあって」
「うん?」
「そう、いろいろあって……」
自分でも分らない気持ちを伝えるのはとても難しい。私は困り果てて、楠君を見た。
「うん、いろいろあった」
楠君が私の言葉を繰り返すように言った。その優しい目に勇気付けられて、
「そうなの。あのね、持田君の悲しい顔を見て、私も悲しくなった」
と言葉を続ける。
「うん」
今度は目に複雑な光を宿して、楠君は私を見て頷いた。
「大和は私を笑わせることができるの」
「……うん」
楠君が一度目を閉じて、つらそうに俯いて返事をする。
こんな顔の楠君はやっぱり嫌だ。
楠君には笑顔でいてほしい。
私はすぐに、
「でも! でもね、私を泣かせることができるのはね、楠君だけだよ」
と続けた。
「え?」
楠君が訝しげに顔を上げた。
私の言葉に楠君は大丈夫とでもいうように私の手を握る力を強めた。楠君の手の温かさは私を安心させた。
「でもどうして私を?」
おずおずと訊いた私に、楠君はまた笑顔を取り戻す。
「入学してすぐに、球技大会があった」
楠君の声に私は記憶を手繰り寄せる。
「うん。あったね。なんだっけ、仲良くなるようにみたいな、レクレーション的なものだよね?」
「そう」
頷いて、楠君は懐かしそうに目を細めた。
「俺は、人見知りで。大勢の中にいるのも苦手で。ボールをとりにいったんだ」
ボール?
「あ」
そうだ、背の高い男子が一人でボールを運んでいた。大変そうだったから、私は手伝いに行ったのだ。
「背が高いねって声をかけてくれた」
楠君が言う。
そうだった。うん。
私もその時を思い出していた。
「何センチあるの? って私、訊いた」
楠君は嬉しそうに笑って頷いた。
私はいくつかのボールを楠君の手からとって一緒に並ぶと、そう声をかけたのだ。
「百八十一センチ。楠君の身長、百八十一センチだったよね」
私は思い出すままに、楠君が答えた数字を呟いていた。楠君はそんな私にまた嬉しそうに笑って頷いた。
「俺はそのとき、その小さな女子の笑顔に、一目ぼれしたんだ」
「一目ぼれ?」
私に、一目ぼれ? この楠君が?
なんだか温かいようなくすぐったいような不思議な感覚が私を満たす。
背の高い楠君が部屋にいると、部屋がなんだか狭く感じられる。なのに、息苦しいような、それでいて心地悪くはないような、変な感じがした。
楠君はどうなんだろう。そう思って楠君を見て、私は自分のことのように恥ずかしくなってしまった。楠君が耳まで赤くなっていたから。
なんだかさっきから心臓が痛いほどに早鐘を打っている。
今日のことが頭をぐるぐるめぐる。
――夕璃は今まで経験したことがないことを一気に経験しちゃったって感じだな。
大和の言葉が蘇った。
本当にそうだ。いろいろあった。持田君に誘われて。楠君に抱えられて。断って。一人で帰るつもりだったのに、楠君と帰って。はぐれて。
でも、どうして私、楠君にはしっかり断ることができなかったのだろう。
ひとつの大きな疑問。
持田君の気持ちに対して、恐れを抱いたのに、楠君には怖さは感じなかった。
「あのね。私、好きって気持ち、まだ分からなくて」
ぽつんと呟いた私に、楠君はちょっと目を見開いた。
「そう、なんだ?」
そして肩を落とす。楠君の大きな身体が小さくなったように見えて、私は慌てて次の言葉を紡ぐ。
「でもね、今日いろいろあって」
「うん?」
「そう、いろいろあって……」
自分でも分らない気持ちを伝えるのはとても難しい。私は困り果てて、楠君を見た。
「うん、いろいろあった」
楠君が私の言葉を繰り返すように言った。その優しい目に勇気付けられて、
「そうなの。あのね、持田君の悲しい顔を見て、私も悲しくなった」
と言葉を続ける。
「うん」
今度は目に複雑な光を宿して、楠君は私を見て頷いた。
「大和は私を笑わせることができるの」
「……うん」
楠君が一度目を閉じて、つらそうに俯いて返事をする。
こんな顔の楠君はやっぱり嫌だ。
楠君には笑顔でいてほしい。
私はすぐに、
「でも! でもね、私を泣かせることができるのはね、楠君だけだよ」
と続けた。
「え?」
楠君が訝しげに顔を上げた。