騙されてなるものか、と栗丘は歯を食いしばる。
 だが、

(あのあやかしだけを撃てば、父さんは助かるかもしれないのに……)

 もはや捨て去ったはずのわずかな希望が、栗丘の胸に陰を落とす。

「栗丘センパイ!!」

 と、その声で栗丘はハッと我に返った。

 気がついた時には、父は引き金を引いていた。

 ドッ、と右腕に重い衝撃が走る。
 父の放った弾丸は、栗丘の二の腕を貫通していた。

「…………ぅぐあッ……!」

 呻き声を上げながら、栗丘はその場にうずくまった。
 激痛の中、銃を手放さなかったのは意地だった。

「ありゃ。心臓を狙ったんだけどな。やっぱり利き腕じゃないと上手くいかないな」

 へらへらと笑いながら言う彼の隙をついて、絢永は床に転がっていた銃を回収しようとしたが、すぐに気づかれて再び蹴りを入れられる。

「がはっ……!」

 床に倒れ込み、力なく咳をした絢永の腹に、さらなる蹴りが飛んでくる。
 三度、四度と繰り返され、やがて呻き声すら上がらなくなった。

「ははっ。どうした、もう終わりか? 俺を殺すんじゃなかったのか? 俺を生かしたまま御影の結界が破れたら、今度こそ日本は終わりかもしれないぞ?」

 父の言う通り、この結界が破れたらどれだけの被害が出るかわからない。
 父の血を手に入れ、強大な力を持ったあのあやかしが、こちらの世界へやっくる。
 たとえ『門』を通れるのが指先程度だけだったとしても、多くの人間を食すのは簡単なことだろう。

 なんとしても、ここで父を仕留めなければならない。
 栗丘はその場にうずくまったまま、利き腕ではない左手で銃を構え、半ばヤケになって引き金を引いた。
 一発、二発と連続で撃つが、いずれもあらぬ方向へと軌道が逸れる。
 父は何食わぬ顔でそれらを見送りながら、こちらへゆっくりと歩み寄ってくる。

 やがて一発も命中させられないまま、ついに弾切れを起こした。
 栗丘は慌てて腰のポーチから弾倉を取り出そうとしたが、負傷した右腕は思うように力が入らない。
 震える手でなんとか装填できたと思った頃には、父はすぐ目の前まで迫っていた。

「まだまだだな、みつき。お前が警察の犬なんかにならなければ、命ぐらいは見逃してやったんだけどな」

 言い終えるが早いか、父は息子の顔に横蹴りを入れ、床に薙ぎ倒す。
 負傷した右腕が下敷きになり、栗丘は低い呻き声を上げたが、そこへさらに父の靴底が患部を踏みつけた。

「があああああぁぁ……ッ!!」

 二の腕が熱い。
 心臓が脈打つのに合わせて、ドクドクと血が溢れ出ていくのがわかる。
 口の中も切れたようで、鉄の味が広がる。