式神の作り方は単純だ。
 対象となる者の全身の血を抜いて、そこに使役者の血を注ぎ込めばそれで完成する。
 
 あやかしの式神と化した栗丘の母親は、もはや人間と呼べる存在ではなかった。
 だから警察は、彼女を見捨てるしかなかったのだ。

「そうだ。警察はお前の母さんを見殺しにした。二十年前の、あの日に」

 父は険しい顔でこちらを見つめながら、遠い日の記憶を辿る。

「大晦日の夜に『門』が開いて、あの巨大な手が母さんを襲った。……俺が現場に駆けつけた時には、すでに遅かった。全身の血を抜かれ、あやかしの血を注がれた母さんの体はもう、母さんのものじゃなかった。だから『始末しろ』と上から言われたんだ。警察の連中から。自分の妻を、この手で殺せと……」

 言いながら、彼は両手で頭を抱え込んだ。
 ぎょろりとした目を足下に向け、怒りとも悲しみともつかない顔で、がしがしと髪をかき乱す。
 その様はまるで自我を失いかけた獣のようで、栗丘はその悲痛な胸の内を思った。

「……それが、父さんの持つ『恨み』の感情なんだね。あやかしに憑かれて、憑代になった父さんが十年前にも人を襲ったのは、母さんの復讐のためだったんだ」

「ああ、そうさ。警察という組織全体、そしてその上に立つ総理大臣も含めて、みんな同じ目に遭わせてやろうと思った。ご丁寧に十年前のあの日は、首相が身近な人間を集めて呑気にパーティーなんて開いていたからな。一網打尽にするには丁度良かったよ」

 絢永の誕生日パーティーのことを言っているのだろう。
 当時の首相の孫である絢永は、十年前の大晦日の夜に家族を失ったのだ。

「あいつらは母さんにどんな仕打ちをしたと思う? 二十年前のあの日、あいつらは慈悲を乞う俺と御影を押し退けて、四方八方から母さんを囲んで銃撃したんだ。どれだけ凄惨な光景だったかわかるか。あんなものを目の前で見せられて、狂わない方がどうかしてる」

 母親の遺体は、当時まだ幼かった栗丘の目に触れさせられることはなかった。
 爆発に巻き込まれた、と警察からは聞いていたが、実際には蜂の巣状態だったのだろう。

「お前なら、俺の悲しみをわかってくれるよな。警察(あいつら)は人殺しで、誰よりも野蛮なんだ。都合の悪いことは隠蔽して、何食わぬ顔で正義ヅラする。俺の妻を殺したのだって、世の中のためだったんだと。……そんな腐り切った組織なんて、存在しない方がいい。今すぐにでも、俺がこの手で壊してやりたい……」

 言いながら、わなわなと震える両手を見つめる。
 そんな父の姿に、栗丘は目を伏せた。

「……父さんの気持ちは、よくわかったよ。誰だって、大事な家族を殺されたら心穏やかにはいられない。復讐したくなる気持ちは、俺にだってわかる」

「みつき……」

「だからこそ——」

 栗丘は再びゆっくりと瞳を開くと、正面から向けられた、父親の縋るような視線を受け止める。

「……だからこそ、俺に止めてほしいんだろ? 恨みの心で復讐の鬼と化した自分を」

 その言葉に、栗丘瑛太は一度大きく目を見開いて、そして、心底嬉しそうに口元を綻ばせた。

「さすがは、俺の息子だな」

 それは肯定の意だった。
 親馬鹿な笑みを向けてくる父親に、栗丘は「ううん」と首を横に振った。

「俺じゃなくて、あんたの相棒のおかげだよ。御影さんは、あんたのことを何もかもお見通しだったんだ」

「なら話が早い」

 栗丘瑛太はその場に立ち上がると、両手を広げ、自らの息子をまっすぐに見つめて言った。

「俺の恨みの心はもう止まらない。たとえ実の息子であるお前が相手でも、手加減は一切できないだろう。だから全力で来い、みつき。必ず、俺の息の根を止めてくれ」