「やっぱりパパに憧れて警察官になったりするのかな?」

 そのセリフは一言一句違わず、栗丘の記憶の中にあるものだった。

(これは、夢……なのか?)

 母の腕に抱かれて、やわらかなまどろみがやってくる。
 このまま、眠ってしまいたい。

(だめだ、俺は……こんなことをしている場合じゃ)

 頭がうまく働かない。
 つい先程まで、自分は何か大事な用事を抱えていたはずだ。
 しかし、ぼんやりとした思考では具体的なことが思い出せない。

 母の肌が、あたたかい。
 できるならこのまま、ずっとこうしていたい。

 不安も、焦りも、悲しみも全部、煩わしいものは全て忘れて、ただ優しい母の腕に抱かれたまま、ここで永遠に眠ってしまいたい。

 けれど、そんな甘い幻想を吹き飛ばしたのは、すぐ隣から聞こえてきた男性の声だった。

「やめとけ、やめとけ。警察官の仕事なんて実際には地味なことばっかりで、刑事ドラマみたいなカッコいい活躍なんてほとんどないんだぞ」

 警察、という単語を耳にして、栗丘の意識は一気に現実へと引き戻される。

 そうだ。
 自分は父親に憧れて、警察官になった。
 そうして二十年前の事件の真相を追ううちに、あのあやかしの存在にたどり着いたのだ。

 栗丘が顔を上げると、視線の先には同じく記憶に残る男性の姿があった。
 くたびれた寝巻き姿であぐらをかき、困ったような笑みをこちらに向けている。

 二十年前の、栗丘瑛太だった。
 へらへらと人懐こそうに笑う顔は、どことなく息子である自分と似ている。

「父……さん」

 栗丘がそう呼ぶと、彼は不意打ちを食らったように目を丸くした。

「ん、なんだ? どうした。いつもみたいに『パパ』って呼んでくれないのか?」

 まるでリアルタイムでの出来事のように、栗丘瑛太は反応する。

「父さん、俺……今まで何も知らなかったんだ。父さんがどんな目に遭って、母さんがどんな風にして死んだのかも」

 その言葉で、栗丘瑛太の顔からは笑みが消えた。
 無表情のまま、じっとこちらを見つめて、

「御影から聞いたのか?」

 と、わずかに声のトーンを落として聞く。

 栗丘はこくりと頷くと、事前に御影から聞いていた話を口にした。

「二十年前、母さんは……あのあやかしに襲われて、式神になったんだろ。だから殺すしかなかったんだ。式神にされたら、もう助からない。憑代と違って、式神は自我も残らないから。……警察が、母さんを殺したんだ」