「……怪我で体力を奪われるというのは、予定になかったからね。若い頃と違って回復も遅いし、さすがに体の老いを感じるよ」

 笑おうとしたのか、喉を鳴らした御影はそのまま咳き込む。

「あんた、ここで死ぬ気?」

 その問いに、彼は答えなかった。
 しかし呪符の代わりとなった彼の体は、いずれ力を使い果たせば燃え尽きて灰になる。
 早めにケリをつければ無事に生き延びられる可能性もあるが、この様子ではあと数時間も耐えられるとは到底思えない。

「ねえ、死ぬ前に答えてよ。あんたにとって、あたしは何だったの?」

「……ずいぶんと難しい質問をするんだなぁ」

 ぜえぜえと乱れる呼吸の隙間から、はは、と乾いた笑いが漏れる。

「君にとっては違っただろうけど……私にとっては、君は娘のような存在だったよ」

「うそ。ただの便利な道具でしょ。今日だって、門の開く場所を調べさせたくせに」

「ふふ……。確かに、それは否定できないな」

 自嘲しながら、御影はゆっくりと顔を上げ、尚も戦闘を続ける栗丘の横顔を遠く見つめる。

「でも、マツリカ……。これだけは覚えていてほしい。たとえ血の繋がりがなくても、親子になれる人はいるんだよ。私にはその資格がなかっただけさ」

 直後、御影は低い呻き声を漏らし、全身を丸めるようにして再び項垂れる。
 マツリカが見ると、彼の肩口——はだけた襟の隙間から見える白い皮膚を、じりじりと焦がすオレンジの光が侵食していた。

「うっそ。もう限界きてるじゃん。ちょっとミカゲ。しっかりしなよ!」

 いつになく慌てた様子でマツリカが寄り添うが、御影は額に脂汗を浮かべたまま返事をする余裕もない。

 これ以上は御影の体が保たない。
 マツリカは未だ戦闘中である二人の方をキッと睨むと、腹の底から声を張り上げる。

「いつまでもたもたやってんの!? 早く片付けてよ!!」

 突然のクレームを受けて、栗丘はあやかしの群れに蹴りを入れながら額に青筋を浮かべた。

「あぁ!? お前な! 簡単に言いやがって!!」

 隣で同じく苦戦している絢永は、マツリカの背後で項垂れている御影を見て状況を察し、焦りから下唇を噛む。

(くだん)のあやかしがまだ現れていません! 決着を付けるには、なんとかして奴を引きつけないと……」

 それを聞いたマツリカは、無言でその場から駆け出した。
 そのまま戦場へ一直線に突っ込んでいく彼女の姿を、御影は霞みがかる視界で捉える。

「……待ちなさい、マツリカ……!」

 その声も虚しく、彼女はあやかしの群れの目の前に立ち、頭上の門を仰いで叫んだ。

「親玉はそこにいるんでしょ。隠れてないで、さっさと出て来なさいよ! 臆病者!!」