「あっはっはっは。冗談だよ。お面の下の皮膚は、昔の事件で焼け爛れてしまってね。とても人様に見せられる状態じゃないんだ」
まるで世間話のように軽い調子で語られたそれは、もはやどこまでが冗談なのかわからなかった。
どう反応すれば良いのかわからず固まっている栗丘に、御影は手元の扇子をしきりにパタパタとさせながら語りかける。
「君の活躍は聞いているよ、栗丘みつきくん」
まさか自分の名前を知っているとは思わず、栗丘は緊張した。
活躍、といっても栗丘には今のところ、これといって誇れるような実績はない。
情けない話だが、同期の警察官の中では落ちこぼれである自覚はしている。
わざわざ警視長ともあろう人間が、最下層の巡査に話しかけてきた理由は一体何なのか。
ただ単に嫌味でも言いに来たのか、あるいはどこか僻地に左遷でもさせに来たのか、はたまた警察自体を辞めさせるために圧力をかけに来たのか。
いずれにしろ、わざわざこの階級の人間を向かわせるような内容ではない。
頭の中であれこれ巡らせている栗丘の渋い顔を見ながら、狐面の男はくすりと笑って再び口を開く。
「君は、『あやかし』が見えるみたいだね」
「……あやかし? って、何ですか?」
普段聞きなれないそれに栗丘は首を傾げるが、単語の意味自体は何となくわかる。
あやかし。
不可解で、不確かなもの。
怪異や、それらを引き起こす超常的な存在。
御影の言った『見える』という発言から、おそらく一般的には『見えない』とされているもの。
「…………もしかして」
その言葉の指す意味に思い当たった時、栗丘は己の心臓がバクバクと早鐘を打っているのに気づいた。
対する御影は先ほどと変わらぬ調子で、飄々としたまま話を続ける。
「さっきの男性、斉藤さんとかいったっけ。彼から何か妙な気配を感じ取っただろう? 君が感知したそれこそが『あやかし』の気配さ。あの男性にはあやかしが憑いている」
「憑いてる、って……」
「通常、あやかしは人間に危害を加えることはあっても、多少の怪我を負わせるだけでそれほど大きな被害は出さない。彼らは人間の血を好み、少量を舐めればそれで満足する。……だが、今回のアレは一味違う。血を舐めるだけでは飽き足らず、隙あらば人間そのものを食ってしまおうとする狼藉者さ。そういう輩はズル賢いからね。奴らは適当な人間に乗り移って正体を隠し、効率よく周りの人間を喰らっていこうとするのさ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
まるで何でもないことのように淡々と説明されたそれを、栗丘は一息に受け止めることができなかった。