「なっ、こいつ……!」
両腕を巻き込みながら胴体に巻きつかれ、自由を奪われる。
そうして身動きのできなくなった獲物を逃さんとばかりに、あやかしの群れの奥から『それ』は正体を現した。
無数の小さなあやかしたちを押し退けて姿を見せたのは、木桶に入った女の生首だった。
絢永たちの体に巻き付いた長い髪の毛は、その生首の頭部から生えている。
女は紅の差された口を大きく開け、絢永の体を丸呑みにせんと迫る。
「くそっ……仕方ない。絢永! 撃つぞ、一発目!」
足を掴まれて地面に転がったままの栗丘は、自由の利く両手で銃を構える。
「待ってください。まだ……!」
絢永の制止の声に構わず、栗丘は手元の引き金を引いた。
直後、腹の底に響く重低音と共にトドメの一発が発射され、それは正確に女の脳天を一瞬にして貫く。
見事に急所を撃ち抜かれたあやかしは、甲高い断末魔とともに光の粒子となって砕け散った。
「ああ……。貴重な一発が……」
自由になった体で、絢永はがっくりとその場に膝をついた。
「大丈夫か、絢永!」
すかさず駆け寄ってきた栗丘に、絢永はキッと眼鏡の奥から睨みつける。
「あなたね。こんな序盤から大事な弾を消費して、一体何を考えてるんですか? 軽率にも程があるでしょう!」
「なっ、なんだとぉ!? せっかく助けてやったのに!」
「僕は頼んでません!」
二人でギャーギャーやっている間にも、暗い空からは無数のあやかしが降りてくる。
目の前の絢永に気を取られていた栗丘は、すぐ後ろに迫っていた小さな獣の存在に気づかず、左手の甲に歯を立てられて飛び上がった。
「痛っっっって!!」
反射的に左手をバタバタと振ると、そこに噛みついたままの獣も同じように揺れる。
事態を把握した栗丘がもう一方の手でそれを払うと、獣はたちまち煙となって消えた。
「くっそー。油断も隙もありゃしないな……」
「どうやら喧嘩している場合でもないようですね」
周囲では大小様々なあやかしたちがこちらを睨んでいる。
武器も体力も温存しながらの耐久戦は、予想以上に困難を極めそうだった。
「うーん……。さすがに、あんな高い所にある『門』は届かないなぁ。もうちょっと下の方でも開いてくれたらいいのに」
遥か頭上を見つめながらマツリカがぼやく。
「ダメだよ、マツリカ。今あそこに近づいたら、戦闘の邪魔になってしまう……」
隣から、今にも事切れそうな声で御影が嗜める。
彼は胸の前で両手を組んだまま、苦しげに肩で息をしていた。
「別にあいつらの邪魔になろうが、あたしの知ったことじゃないし。ていうか、あんたは人の心配してる場合? 今にも死にそうな顔してさ。そんなのであと何時間も保つの?」