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「……あなたを、あやかしに喰わせる? できるわけないでしょう、そんなこと」
御影の案を聞いて、絢永は信じられないといわんばかりに拒否の意を示した。
「お、俺だって反対です! そんなの……御影さんが犠牲になるってことじゃないですか!」
栗丘も慌てて絢永に同意するが、当の御影はふふっと呑気に笑って言う。
「そう言うと思っていたよ。だから本来なら、君たちには何も知らせずに、私一人で全てを終わらせるべきだった。最初から栗丘くんをこの部署へ招き入れることもせず、絢永くんにも憑代の件は黙ったまま、ひっそりと私が喰われてそれで終わりになるはずだった。もともと、栗丘くんには二十年前の事件の真相を伝えないよう、君のお祖母様にも協力してもらっていたしね」
それを聞いて、栗丘は病院での祖母の様子を思い出す。
「やっぱり……ばあちゃんが俺にあやかしのことを隠していたのは、わざとだったんですね」
孫である栗丘の前では、あやかしの話など一度もしなかった祖母。
しかしその後認知症を患い、もはや孫の存在すら忘れてしまった彼女は、自らの家系が皆あやかしの見える人間であることを口にした。
「君が父親の二の舞にならないようにと、私とお祖母様との間で決めたことさ。この二十年間、君の周囲には私の血を含ませた札を貼り、できるだけ君をあやかしと接触させないようにしてきた。父親と同じ『引き寄せ体質』である君が、今まであやかしに遭遇する機会が少なかったのはそのためさ」
今となっては、なぜ気づかなかったのかと栗丘は振り返る。
自分の知らないところで、自分がいかに人の世話になっていたかを、今さらながらに痛感する。
「……どうして、そこまでするんですか。なんで俺なんかのために、あなたがそこまで体を張って……」
「約束したからね、君の父親と」
そう答える御影の声は、わずかに笑みを溢したような柔らかさがあった。
「彼と私は、お互いを相棒と見込んで約束したんだ。二人のうちのどちらかが、もしもあやかしに憑かれて暴走した時には、残された方が必ずそれを止めると。……しかし私は、すでに二度も失敗している。十年前も二十年前も、私は彼を止めることが出来ず、多大な被害を出してしまった。もはやこれ以上の失敗は許されない」
「だからって自分を犠牲にするって言うんですか!? そんなので俺たちが納得できるわけないでしょう!」
「わかっているよ。だからこそ、本来なら君たちに全てを話すべきではなかった。……でも、結局は私の身勝手な都合で、予定を狂わせることになってしまった。君のお祖母様との約束を破り、私は君をこの部署へと引き入れた。そして父親の真相を話し、絢永くんにもそれが伝わるように仕向けた。全ては私が勝手にやったことだよ。せっかく二十年も前から用意していたのに、全て水の泡さ」
「……それは、どうして」
絢永が聞く。
御影はちらりと彼の方を見ると、やがて誰もいない宙を見つめて言った。