「大晦日の夜に百鬼夜行が起こりやすいという事実は昔からあったけど、三十年前までは、警察がある程度の人数を配備して警戒していれば、特に大きな問題が起こることはなかったんだ。あの巨大なあやかしが力を持ち始めたのは、ちょうど二十年前からなんだよ」
「二十年前から、急に強くなったってことですか? 一体どうして」
絢永が聞くと、白いふわふわは少しだけ言い淀んでから、やがて栗丘の方へ顔を向けて言った。
「栗丘くんの、父親の血が美味しかったからさ」
言われたことの意味がわからず、怪訝な顔をする栗丘の隣で、絢永は何か思い当たったように顎に手を当てた。
「前にも言ったけど、人間の血には種類がある。あやかしにとって美味しいと感じる血と、そうでない血。美味しいと感じるのはつまり、それだけあやかしにとって有益だということさ。有益な血を手に入れたあやかしは、それだけ力を蓄えることができる。だから……栗丘瑛太の体を手に入れた例のあやかしは、恐ろしいほどに強大な力を持ってしまったのさ」
「それって……」
やっと事態を飲み込めた栗丘は、みるみるうちに顔を青ざめさせる。
「それってつまり、俺の父親のせいで、あんな事件が起こったってことですか……?」
「いや。彼だけの責任じゃない。当時は彼の血がどれほどあやかしに影響するのかはわかっていなかったし、そうなることを予測できなかった警察の体制自体に落ち度があった。それに何より……私は、彼があやかしから狙われやすい体質だと知りながら、何の対策もしていなかった。目の前で襲われる彼を、ただ見ていることしかできなかった。恨むなら彼ではなく、私を恨んでほしい」
白い獣は相変わらず円らな瞳でこちらを見つめているが、その体の向こうに存在する御影は、わずかに顔を曇らせたように栗丘には感じられた。
「あやかしが好む血は、あやかしにとってこれ以上にない恵みをもたらす。けれど逆に言えば、あやかしが嫌う血は、それだけ彼らにとって有害となる。……私が考えた二つの対抗案は、まさにこの点を踏まえているんだよ。栗丘瑛太の血に対抗するなら、それ相応の毒を持つ体を差し出せばいい」
「待ってください」
唐突に、絢永が制止をかけた。
「あやかしの嫌う血って、御影さん、あなたのことですよね。まさか……」
「察しが良いね。さすがは絢永くんだ」
御影は満足そうにふふっと笑う。
ひとり置いてけぼりを食らった栗丘は「どういうことですか?」と二人を見やる。
「私の血は、とても不味いんだ。それこそ、あやかしにとっては猛毒に匹敵するらしい。君たちに渡した銃の弾や札にも、私の血をたっぷりと練り込んである。それだけ殺傷能力のある血が、私の体には流れているんだよ」
その言葉で、栗丘は以前絢永が言っていたことを思い出した。
——この銃の弾は特別な手法で作られていて、量産できないものですから無駄撃ちはできません。撃つ時は相手の急所を狙って、一撃で仕留めないと。
絢永が無駄撃ちを避けていた理由。
それは、原材料に御影の血液が必須だったからだ。
「私の血があやかしにとって猛毒なら、私の血がたっぷり詰まったこの体は、おそらくこれ以上にない強力な爆弾となるだろう。……私が門を通ってあちらの世界へ行き、巨大なあやかしに自ら喰われること。それが、対抗案として考えた一つ目の方法さ」