その後も「すみません」と謝罪の言葉ばかり繰り返しながら、斉藤は帰路に就いた。
「大丈夫かな……あの人」
とぼとぼと力なく歩く初老男性の背中を見送りながら、栗丘は誰にともなく呟く。
その背後から、
「気になるかい?」
と、不意に至近距離から聞きなれない声が降ってきた。
「って、おわあッ!?」
まさか背後に人がいるとは思わなかった栗丘は、飛び上がるようにして後ろを振り向く。
「だっ……誰!?」
そこに立っていたのは、紺色の羽織をまとった和装の男だった。
肩まで伸びる黒髪には艶があるが、季節外れの扇子を持った手はそれなりに年季の入ったシワが刻まれている。
おそらくは五十近い年齢だろう。
すらりと伸びた立ち姿は育ちの良さを感じさせるが、その顔面は、祭りの屋台で見かけるような狐の面によって覆い隠されていた。
いかにも怪しげなその見た目に反し、
「やあ」
と、男はフランクに片手を上げて挨拶する。
(なんだこいつ……もしかして不審者か?)
栗丘はじっと相手の姿を凝視したまま、ゆっくりと腰の警棒へと手を伸ばす。
「待った待った。怪しい者じゃないよ」
どう見ても怪しいその男はそう言いながら、懐からゴソゴソと手帳のような物を取り出す。
「私はこういう者だよ」
栗丘の目の前に差し出されたそれは、警察手帳だった。
まさか自分と同じ警察の人間だとは露にも思わなかった栗丘は呆気に取られる。
手帳が偽物でないことを確認しながら、そこに記された文字を読むと、男の名前は御影京介というらしい。
そして、その上に書かれている階級は——
「けっ……警視長ォ!?」
警視長、という文字が見間違いでないか、栗丘は何度も両目を擦ってまじまじと見る。
警視長といえば、警察の中でも上から三番目に位置するエリート階級である。
それこそ栗丘のような底辺の巡査の身分ではなかなかお目にかかることのない地位の人間だ。
「『なぜ警視長ともあろう人間が、こんなふざけた格好をしているのか』って顔をしてるね?」
「えっ! あ、いや。別にそんな」
もしかしたら捜査の一環で変装をしているのかもしれない。
そんな可能性を頭の中で巡らせていた栗丘に向かって、御影という名の警視長は「ふふっ」と上機嫌に笑ってから言った。
「このお面は、ただの趣味だよ」
「…………へっ?」
栗丘の間の抜けた反応を見て、御影はからからと豪快に笑った。