栗丘と絢永はほぼ同時にハッとして、声の聞こえた方に目を向ける。
出所は栗丘の胸ポケットで、そこからひょこりと白いもふもふが顔を覗かせた。
「キュー……じゃなくて、御影さん!? 意識が戻ったんですか!?」
わたわたと両手を戦慄かせながら栗丘が言う。
「みっ、御影さん!! ごめんなさい、僕のせいであんな大怪我を……!!」
同じく絢永が口から泡を吹きそうな勢いで謝罪すると、
「あっはっはっは。まあ、そう慌てないでよ」
久方ぶりに耳にした、軽快な笑い声。
思いのほか元気そうなその様子に、栗丘はホッと胸を撫で下ろした。
「二人とも、無事に仲直りできたみたいで何よりだよ。それで、大晦日の作戦についてだけどね……」
「いやいやいやいやいや、ちょっと待ってくださいよ! なんでそんなにあっさりしてるんですか!?」
絢永がつっこむと、御影の操る白い獣は不思議そうに小首を傾げる。
「うん? どうしたんだい。私の挙動に何かおかしな点でもあるのかな」
「大アリですよ!! だって、僕は……もう少しで、あなたを殺してしまうところだったのに……」
言いながら、絢永はまたもや泣きそうな顔で下唇を噛む。
対する御影はいつものようにふふっと笑うと、胸ポケットから床に飛び降りて、後ろ足だけでその場に立ち、円らな瞳で絢永を見上げた。
「大丈夫だよ。私はこの通り無事だったし、栗丘くんも怒ってないんだろう? 絢永くんが心配することは何もないよ」
「で、でも……」
「君があの蛇に憑かれた時点で、こうなることは大方予想がついていたんだ。私の式神であの場を防げていたら、何も問題はなかったんだけどね。さすがに、キュー太郎くんの霊体では実弾に対処することはできなかったんだよ。……今回のようなケースを事前に予測して、あらかじめ準備しておくのは私の仕事だからね。それができなかったのは、他でもない私の落ち度だ。負傷したのも、私の自業自得だよ」
どこまでも自分に厳しいその姿勢を見ると、さすがは警視長の地位まで登った人物だと、栗丘は改めて感じさせられる。
「というわけで! そろそろ本題に入ろうか。実は、大晦日の夜の対抗案は二つ考えていてね。どちらを採用するかは君たちに決めてもらいたいんだよ」
「俺たちに、ですか?」
白いふわふわは今度はリビングの中央まで走ると、ソファの前にあるテーブルに飛び乗った。
栗丘はようやく部屋の灯りを点けて御影の後を追い、絢永もその後ろに続く。
そのまま御影に促され、二人はソファに腰を下ろした。
「先におさらいをしておこう。今年の百鬼夜行は例年とは一味違う。十年に一度、我々人間の命を脅かす強大なあやかしが、門を通ってこちらの世界へと干渉してくる。正直言って、あの化け物と真正面からやり合っても、こちらに勝ち目はないだろう。だからこそ、我々は事前にしっかりと作戦を立てておかないといけない」
「……あの、一つ質問してもいいですか?」
栗丘が躊躇いがちに聞いて、御影は「どうぞ」と軽い調子で了承する。
「その強大なあやかしは、十年に一度必ず現れるんですよね? 二十年前に俺の両親が襲われて、十年前は絢永の家族が犠牲になった……。なら、その前はどうだったんです? やっぱり十年ごとに大きな被害が出ていたんですか? 世間にはあまり知られていないだけで」
「良い所に気が付いたねぇ」
そう言って、御影は感心したように頷く。
「実はね、三十年前までは、これといって大きな被害はなかったんだよ」
「えっ……?」
予想外の答えに、栗丘と絢永は同時に眉を顰める。