二十分ほどで栗丘の自宅へと到着し、タクシーを降りた二人はそろって玄関の扉を潜る。
 やがてリビングに差し掛かったところで、栗丘が尋ねた。

「お前、腹減ってるだろ。ラーメンかレトルトぐらいしかないけど食うか? あと冷蔵庫にあるものなら何でも……」

 そう言って絢永の方を振り返ったとき、思わず固まった。
 すぐ後ろに立っていた絢永は口を真一文字に結び、厳しい眼光で栗丘を見下ろしていた。
 リビングの照明はまだ点けていないので、玄関からの逆光を浴びたその顔には陰がかかり、より一層迫力が増している。

「無防備すぎませんか」

「え」

 瞬間。
 絢永の右手がこちらへ伸び、ドッ、と音を立てて、その拳は栗丘の真後ろにあった壁を突いた。
 必然的に壁際へ追い詰められる形になった栗丘は、至近距離まで迫った絢永の顔を見上げた。

「……未遂とはいえ、僕は一度、あなたを殺そうとしたんですよ。そんな危険な男を軽々しく自宅に招き入れるなんて、あなたどうかしてるんじゃないですか?」

 眼鏡の奥から、氷のように冷たい碧眼がこちらを見下ろしている。

「なんだよ。相棒を家に上げて、何がおかしいって言うんだよ」

「この期に及んで、まだ僕のことを相棒だなんて呼ぶんですか」

 自嘲するような笑みを浮かべて、絢永は言った。

「もし、あのとき御影さんが助けに来てくれなかったら、今頃あなたは死んでいたかもしれないんですよ。僕は……十年前のあの事件のこととなると、我を忘れて、人の命さえも簡単に奪おうとしてしまう。そんな人間なんです。復讐の鬼以外の何者でもありません」

「でもお前は、あの時はあやかしに憑かれてたんだろ。正気じゃなかったんだ。だからあれは仕方なかった——」

「それでも、本心からやったことです!」

 栗丘の反論を遮るように、絢永は声を荒げた。

「あなただってよくわかっているでしょう。たとえあやかしに憑かれていたって、自我が完全に無くなるわけじゃない。僕の心のどこかに、あなたを殺してやりたいという気持ちがなければ、あんな行動に出るはずがないんです」

 その声はわずかに震えていた。

「……あなたを憎いと思った。その気持ちに間違いはありません」

 くしゃりと表情を歪め、今にも泣きそうな顔で絢永は言った。
 そのまま、ずるずると力なくその場にしゃがみ込む。

「……失望したでしょう。あるいは、僕のことが恐ろしくなったんじゃないんですか? 仲間に銃を向け、躊躇いもなく発砲したんです。そんな人間を、相棒だなんて呼べるはずがないでしょう。好きなだけ罵ってくださいよ。怒ってくださいよ。でないと僕は……自分のしでかしたことに、けじめが付けられません」

「絢永……」

 床に膝をつき、自責の念に駆られる後輩の姿を、栗丘はただ見つめることしかできなかった。

「……ごめんな。俺、お前の気持ちを何もわかってやれてなかった」

 今となっては、自分に足りなかったものが嫌というほどにわかる。

「俺は……知らないことが多すぎたんだ。何も理解できてなかったんだ。十年前の事件のことも、お前が今までどんな思いで生きてきたのかも。……本当に、何もわかってなかった。無知すぎて、自分が恥ずかしいよ」