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「……昔の御影は、それはもう無愛想でな。加えてあの顔だから、常に近寄りがたいオーラがあった。でも栗丘は……君の父親だけは、彼に対して遠慮がなかった。だからこそ御影も、少しずつ心を開いてくれたのかもしれない」

 暗い廊下を進みながら、平泉はどこか遠い目をして言った。

 午前一時半。
 マツリカと共に主治医から手術の説明を受けた彼は、栗丘たちを連れてタクシー乗り場へと向かっていた。

 御影はまだ眠っている。
 容態は安定しているが、意識が回復するまではまだ時間がかかるということで、四人はひとまず帰路に就くことになった。

 マツリカのことは平泉が自家用車で送ることになり、栗丘と絢永の二人はタクシーへと乗り込む。

「諸々の報告は、私の方で何とかする。だから君たちは、今は自分たちのことだけを考えていなさい」

 警視庁のトップである平泉が、御影のバックに付いていたのは大きかった。
 思えば今まで御影が自由に行動できていたのも、ひとえに彼のおかげだったのかもしれない。

 タクシーが発進すると、栗丘と絢永は再び二人きりになった。
 厳密に言えば車内には運転手も乗っているが、どうやら寡黙なタイプのようで、必要最低限のこと以外は話しかけてこない。

「……御影さん、無事で良かったよな」

 ぽつりと、栗丘は呟くように言った。
 こうして絢永に話しかけるのは、もう何時間ぶりになるだろうか。
 最後に話したのは、あやかしに憑かれた絢永がこちらに銃を向けて、涙を流した時だった。

 ——さようなら、栗丘センパイ。

 彼はその手で、銃を撃った。
 被弾したのは御影だったが、その弾丸は、あきらかに栗丘の心臓を狙っていた。

「栗丘センパイ」

 久方ぶりに、その呼び名を耳にする。
 栗丘が見ると、絢永は窓の外を眺めたまま、

「久しぶりに、あなたの家に寄ってもいいですか」

 窓に映る彼の顔からは、明確な感情を読み取ることはできない。

「ああ。もちろん」

 栗丘は二つ返事で了承した。

 たとえ彼が再びこちらに銃を向けたとしても、構わない。
 栗丘はもう一度、彼と正面から向き合って話がしたかった。