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——言っておきますけど、私は納得してませんからね。あなたと私が相棒同士だなんて。
——お、俺だって、お前みたいな嫌味な奴とは願い下げだ!
二十年前。
若き日の御影京介と栗丘瑛太は、毎日のようにいがみ合っていた。
共にあやかしを霊視する能力を持つ彼らは、あやかし退治を主とする部署『特例災害対策室』に所属し、二人一組で捜査に当たるよう上から言いつけられていた。
しかし性格は真逆。
常に冷静沈着で慎重派の御影と、直感で動くタイプの栗丘。
互いに口を開けば衝突してばかりで、捜査も思うように進まない日がほとんどだった。
——にしても、お前と組むようになってから、あやかしに遭遇する回数自体が減ってる気がするぞ。一体どうなってるんだ?
——血が不味いそうですよ。私の血は、あやかしの口には合わないそうです。あやかしも選り好みをするみたいですから、あえて私に近づかないようにしているのかもしれません。
——げぇ。あやかしにも好き嫌いってあるんだな。……そういや俺、昔から血を吸われまくってたけど、もしかして味が良いのかなぁ。
人間の味は千差万別で、あやかしの好む味を持つ人間は特に狙われやすいという報告もある。
——いっそ、あなたが囮になればいいんじゃないですか? あなたがエサになってくれている間に、私は安全な場所から標的を狙い撃ちますから。
もちろん、それは冗談で言ったつもりだった。
頭が使えないなら体を張れ、という皮肉を込めて、御影は嫌味たっぷりにからかっただけなのに、
——いいな、それ!
と、栗丘はぱっと顔を輝かせて言った。
——……は? いや。冗談に決まってるでしょう。そんなの……。
——やってみようぜ、それ。早くあやかしを捕まえないと、被害はどんどん広がっていくもんな。
——なに本気にしてるんですか。囮捜査なんて、そんな危険なことをさせられるわけないでしょう。
——だーいじょうぶだって。俺はそんなヤワじゃないし。それに、いざとなったらお前が助けてくれるんだろ?
栗丘瑛太という男は、まるで人を疑うことを知らない人間だった。
まだ出会ったばかりで相性も悪い、ただの仕事仲間という関係の相手に、なぜこうも簡単に自分の命を預けられるのか、御影には理解できなかった。
——俺が誘き寄せて、お前が撃つ。完璧じゃねーか。名付けて、『あやかし警察おとり捜査課』ってな。はははっ!
栗丘は、自分が「良い」と思ったことは「良い」と言う。
自分の感じたままに動き、隠し事もしない。
仕事に対しても、それは同じだった。
目の前で困っている人がいれば放って置けない。
たとえ上の命令に背いても、常に自分の大切なものを貫こうとする人間だった。
——あなたって、馬鹿みたいにまっすぐですよね。
——馬鹿は余計だろ!
御影が軽口を叩く度に、栗丘は子どもみたいにムッとする。
その素直な反応が面白くて、御影は思わずくすりと笑ってしまう。
そんな彼を見て、栗丘もまた「へへっ」と嬉しそうに笑うのだった。