と、時計の針がいよいよ夜中の一時を指そうとしたところで、手術室へと繋がる廊下の先から、複数の足音がゆっくりと近づいてきた。
 それを耳にした瞬間、栗丘と絢永の二人はほぼ同時にその場へ立ち上がった。

 奥からやってきたのは、パンク系ファッションに身を包んだ少女と、背広を着た五十代くらいの男性。
 マツリカと、現在の警視庁のトップである警視総監・平泉(ひらいずみ)だった。
 後方には護衛らしき人物の姿もある。
 
 栗丘と絢永が慌てて彼らの方へ駆け寄ると、平泉はそれぞれの顔を見て、

「心配ない。命に別状はないそうだ」

 と、簡潔に伝えた。
 その言葉に、二人は安堵の息を漏らす。

「君たちのことは御影から聞いている。……御影が世話になったな」

 言われて、栗丘は思わず背筋を伸ばす。

「いっ、いえ! 世話だなんてそんな……。もともと御影さんは俺を……私を庇って怪我をしたんです。私のせいで、御影さんは——」

「彼を撃ったのは、私です」

 恐縮する栗丘の隣から、絢永がやけに落ち着いた様子で言った。

「私を処罰してください」

 その声にはどこか覚悟のようなものが感じられた。
 この数時間、ずっと静かだった絢永の中で、何かの整理がついたのだろうと栗丘は思った。

「いや。御影の意思を無視して、私が勝手に君を処分することはできない」

「でも……」

「おそらく御影は、君の罪を咎めたりしない。私には、残念ながらあやかしを見る能力は備わっていないが……しかし、御影とは長い付き合いだ。あいつの考えていることは、少なくとも君たちよりは理解している」

 有無を言わせない迫力で、平泉が言う。
 絢永はまだ何か言いたげだったが、その気迫に押されてそれ以上は口を噤んだ。

「それでいいな、マツリカ」

 平泉はそう、隣に立つマツリカに聞く。

「別に……。あたしはミカゲがどうなろうと知ったこっちゃないし」

 ふいっと明後日の方角を向きながら、マツリカは答える。
 いつも通りの反応だったが、その表情はどこか覇気がなかった。

「君は普段から御影と共に生活しているだろう。養子縁組こそしていないそうだが、御影にとっては誰よりも『家族』に近い存在だ」

「あいつのことなんて知らない! いつも何を考えてるのかもわからないし……。狐の面の下の顔だって、さっき初めて見たぐらいなんだから」

 彼の素顔は、病院への搬送時に栗丘も初めて見た。

 過去の事件で焼け爛れたと言っていた皮膚は、確かに火傷の痕のようなものが額に残っていた。
 だが顔の大部分は無傷であり、ことさら仮面などで隠す必要はないように思われた。
 むしろ、その造形の美しさに、その場の全員が息を呑むほどだった。

 背格好や手の皺などはあきらかに年相応の様相であるのに対し、面の下にあった素顔は不自然なほどに若く、瑞々しかった。
 色素の薄い肌に、鼻筋の通った中性的な美貌。
 閉じられた(まぶた)を覆うまつ毛は長く、その顔はまるで二十代半ばぐらいの、栗丘たちとそう変わらない年頃の、美しい女性のようだった。