絢永のやるべきこと。
家族を皆殺しにした犯人を捜し出して、仇を討つこと。
それはつまり、栗丘の父親をその手で殺すことを意味している。
(……俺の父さんも、いずれはこんな風に殺されるのか)
絢永か御影か、あるいは栗丘自身の手によって、栗丘瑛太は始末される。
「なあ、絢永」
「何です?」
過去は変えられない。
十年前に父親が犯した罪も、その家族が背負うことになる業も。
なかったことにはできないとわかっている。
それでも。
「……人間とあやかしってさ、なんとかして一緒に生きていくことはできないのかな」
つい気の迷いで、栗丘はそんなことを口にしてしまった。
「何の冗談です?」
栗丘の言葉を耳にした途端、絢永の顔からすっと表情が消えた。
まるで何の感情も伴っていないかのような冷たい声に、栗丘はハッと我に返る。
「人間とあやかしが、共存でもするっていうんですか? 一体何を言い出すんですか。無理に決まっているでしょう、そんなの」
嫌悪感を露わにする絢永の反応に、栗丘は頭を冷やす。
「そう、だよな。……わかってる。わかってるんだ」
「一体どうしたんですか、センパイ。最近、ずっと変ですよ」
やはりここが潮時だ、と思う。
「絢永。……俺はお前に、話さなきゃいけないことがあるんだ」
握った拳に力を入れ、栗丘は自分を奮い立たせる。
だが、
「栗丘くん」
と、不意に胸元のポケットがもぞもぞと動いて、中から白いふわふわの獣が顔を出した。
その様を見た絢永は、「その声、御影さんですか?」と即座に状況を理解する。
「栗丘くん。今は、その話はしない方がいい」
「えっ?」
いきなりの制止を受け、栗丘は困惑した。
そんな二人のやり取りに、絢永は怪訝な視線を向ける。
「何です。僕に隠し事ですか?」
「いずれは絢永くんにも話すつもりだったんだよ。ね、栗丘くん?」
「そ、そうです。そうなんだ、絢永。だから俺、今からそれを話そうと——」
ようやく腹を括り、打ち明けようとする栗丘の口元を、白いふわふわの尻尾が邪魔をする。
「待って。ここにはいずれ人が来るし、場所を変えた方がいい。私も今そちらに向かっているから、せめて合流してからで……」
その言動から、御影はいつになく焦っている様子だった。
栗丘と絢永が二人きりでその話をするのは、よほど都合が悪いのだろう。
(俺はまた、この人の言いなりになるのか?)
御影は今回も何かを企んでいるのかもしれない。
このままではまた、彼の手のひらの上で踊らされてしまう。
こんな大事な局面で、信用できない男の意のままにされるのは、栗丘は納得がいかなかった。
だから、
「あなたの言うことは、もう聞けません」
上司の指示を蹴り、栗丘は改めて絢永の顔をまっすぐに見上げ、そして言った。
「絢永。お前がずっと捜している、十年前の事件の犯人は——」