「……気楽だと? ふざけるな」
銃を構えたままの両手が、小刻みに震える。
「僕がどんな思いでここまで来たか、何も知らないお前にわかるはずがないだろう!」
珍しく張り上げた声が、部屋中に反響する。
「おいおい。急にどうしたんだよ。もしかして図星か? お偉いさん一家は不正の温床ってか」
「黙れ! 僕の家族を侮辱するな。不正なんか働いていない。僕は地道に勉強して、国家試験も受けたんだ。本当は一秒でも早く捜査に加わりたくて、大学を出ない選択肢も考えた……でも! 組織の中で少しでも上にのし上がれば、それだけ捜査の中でも自由が利く……そのためだけに、僕は四年も我慢して大学で勉強を続けたんだ!」
いつになく感情的になる絢永。
彼の境遇を知っている栗丘からすれば、何も知らない相手に『気楽』と表現されることへの怒りは察するに余りある。
だが、
「おい、絢永。惑わされるな。そんなあやかしに耳を貸すんじゃない!」
口車に乗せられて平常心を失っては、相手の思う壺だ。
なんとか彼の意識を逸らせようと栗丘は声を届けるが、当の絢永はあきらかに動揺を隠せていない。
そんな彼の隙をついて、藤原の体から、突如として何か細長いものが勢いよく飛び出した。
白い蛇の姿をした、あやかしの本体だった。
縦に大きく開かれた口は二本の鋭い牙を持っており、絢永の左腕へと迷いなく噛みつく。
「うあッ……!」
「絢永!!」
短い悲鳴を上げた絢永は、たまらず手にした銃を取り落とす。
だが、すぐさま右手で懐からトドメの銃を取り出すと、左腕に食らいついたままの蛇の頭をゼロ距離から撃ち抜いた。
ドン、と腹の底に響く重低音とともに、蛇の頭が粉々に吹き飛ぶ。
長い胴体も、それに追随するようにして空気中へと溶けていった。
「絢永、大丈夫か!?」
気を失った藤原の体を放り投げ、栗丘は慌てて絢永の元へ駆け寄った。
「大丈夫、かすり傷です。……それより、すみません。取り乱しました」
絢永はそう恥じるように言った。
噛まれた箇所からは薄らと血が滲んでいるが、傷自体はそれほど大きいものではなかった。
どちらかといえば物理的に負った怪我よりも、心の傷の方が栗丘は心配になる。
普段は冷静な絢永も、家族のこととなると感情のコントロールが効かなくなることもあるらしい。
それほどまでに、十年前の事件は彼の人生において大きな影を残しているのだ。
「本当に大丈夫か? その……ごめんな。こいつ藤原っていうんだけどさ、いつもああいう生意気なことばっかり言うんだよ。お前のことも多分、年下のくせにキャリア組だからって僻んでただけで……」
「あなたが謝ることじゃないでしょう。それに、先程は僕もどうかしていました。……たとえ誰に何を言われたって、僕は僕のやるべきことをやるだけですから」