「……ああ。栗丘センパイじゃないですか。なんか久しぶりっすね」

 藤原は焦点の合わない目をこちらに向けて言った。

「どうしたんだよ、藤原。お前、その人に手を出したのか?」

 床で倒れている男性警官にはまだ息がある。
 ぱっと見たところ目立った外傷はないが、意識がないことを考えると頭でも打ったのだろうか。

「こいつはあんたの後釜っすよ。ろくに仕事も出来ないくせに偉そうに指し図ばっかりして、ほんと頭にくるんすよね」

 その口ぶりからすると、やはり手を出したのは間違いないらしい。
 藤原はそのまま相手のそばにしゃがみ込むと、気絶したままの相手の胸倉を掴んで無理やり上半身を起こさせる。

「おい、やめろって!」

 さらなる暴行を加えそうなその雰囲気に、栗丘は慌てて駆け寄ると、藤原を後ろから羽交締めにした。
 その間に、絢永は懐から取り出した銃を両手で構える。

「何すか、センパイ。そうやって正義の味方気取りっすか? さすがは警視長さんに引き抜かれただけありますよね。一体どんなコネ使ったのかは知らないっすけど」

「コネって……何言ってるんだよ。お前、何か勘違いしてないか?」

「ああ、そういう白々しいの、もういいっすよ。あんたみたいな落ちこぼれが引き抜きなんて、普通に考えて有り得ないでしょ。何か別の要素がないと不自然っすよ、どう考えても」

 どうやら彼は、自分より劣っている人間が自分より上の立場になることが許せないらしい。
 そしてその現状を受け入れるためには、現実を歪めて捉えることが必須のようだった。

「あの警視長さんも、どうせ何か別の目的があってあんたを連れてったんでしょ。見た目からして怪しい奴だったし、何かロクでもないことでも企んでたんでしょうね」

 藤原のそれはただの当て付けだったが、実際のところ、御影が栗丘を私的に利用するつもりで引き抜いたのは事実かもしれなかった。

 自分は最初から、御影に良いようにされていただけだったのだ——そう考えると、栗丘の胸には悲しみにも似た悔しさが渦を巻く。

「……絢永、早くやってくれ!」

 藤原の動きを封じたまま、栗丘が叫ぶ。
 しかし、

「だめです。まだあやかしは正体を現していません。なんとかして体から引き出さないと……」

 あやかしはまだ藤原の体内に潜んだままであり、この状態ではこちらも手の出しようがない。
 銃を構えたまま悩む絢永に、

「『絢永』? ……ああ、あんたのことも知ってるぞ」

 と、藤原はにたりと不気味な笑みを浮かべて言った。

「あんた、絢永元総理大臣の孫だろ。いいよなぁ、権力のある家に生まれた人間はさぁ。それこそコネの最上級じゃん。自分の爺さんが警察の上に立ってたんだから。特に手柄を挙げなくたって、最初からエリートコースは約束されてたんだろ? 気楽なもんだよなぁ」

 その言葉を耳にした瞬間、絢永の顔色が変わった。