◯
「栗丘センパイ」
日没後の退勤時間。
仕事を終え、足早に警視庁舎の正門を出ようとしたところで、栗丘は後ろから追ってきた後輩に捕まった。
「絢永? どうしたんだよ、そんなに慌てて……」
おおよそ見当はついているが、素知らぬ顔をして恐る恐る振り返る。
すぐ後ろに立っていた絢永は不機嫌さを露わにしており、身長差からくる威圧感もあってまるで巨大な熊のように見えた。
「どうしたじゃないですよ。わかってるでしょう。最近、ずっと僕のことを避けてますよね」
やっぱりそれか、と栗丘は嫌な汗を流す。
「い、いやー……別に避けてるってわけじゃ」
「ここのところ家にも呼んでくれなくなったし、昼休憩だって僕から逃げるように距離を取りますよね。あからさますぎるんですよ、あなた」
ぐうの音も出ない。
意識的に彼を避けているのは事実である。
「あなたが僕を避けるようになったのは、ちょうど僕が十年前の事件のことを話してからですよね。やっぱり、あれが原因だったんじゃないんですか? 僕が復讐に燃える鬼と化した人間だから……これ以上関わり合いになりたくないと思ったんでしょう」
「……そんなわけないだろ!」
反射的に、声を張り上げる。
復讐に燃える鬼だなんて、そんな風に思ったことは一度もない。
彼から家族を奪ったのは栗丘の父親であり、栗丘はそれを伝えるのが怖くて、現実から逃げているだけなのだ。
「誰だって、大事な家族を殺されたら心穏やかにはいられない……俺だってそれぐらいはわかるよ。復讐のことだって、それでお前の悲しみが少しでも晴れるなら、そうするべきだって思ってる」
「なら、どうして」
そろそろ潮時かもしれない。
これ以上彼に黙ったままではいられない。
「……俺は……——」
腹を決めて話そうとした、その瞬間。
冷たい夜風にまぎれて、微かにあの気配が漂ってきた。
「……気づきましたか、今の」
絢永が聞いて、栗丘も「ああ」と同意する。
あやかしの気配だった。
方角は後方、警視庁舎の内側。
この建物のどこかに、あやかしが存在する。
「急ぐぞ!」
栗丘の合図で、二人は同時に駆け出した。
つい先ほど通ってきた道を戻る形で、気配の出所を目指す。
やがて辿り着いたのは、二階にある小会議室だった。
勢いよく扉を開けると、そこに広がった光景に栗丘は目を見開く。
「藤原!?」
部屋の中央に佇んでいたのは、栗丘の後輩である藤原だった。
気配の出所はまさにこの男の体であり、どこか虚ろな彼の視線の先には、床に倒れ込んだ別の警察官の姿もある。
「知り合いですか」
絢永が聞いて、栗丘は頷く。
「交番勤務で一緒だったんだよ。お前も寮で顔を合わせたことぐらいあるんじゃないか?」
「確かに、見覚えはあります」
藤原は去年就職したばかりの大卒の警察官である。
年齢は栗丘と変わらないが、高卒で入った栗丘を『先輩』扱いすることに常に不満を抱いていたのは明らかだった。