直球で言われて、栗丘は怯んだ。

 自分の父親を殺す覚悟。
 ただでさえ人を殺すなんて今まで考えたこともなかったのに、そんな選択を迫られてもどうすればいいのかわからない。

「あ。ちなみに殺人罪に問われることはないから安心してね。君の父親はすでに故人だし、我々が公にしなければ事件にもならないから。多少の不都合は上が揉み消してくれるし、心配は要らないよ」

「そんなことを気にしてるんじゃありません!」

 まるで他人事のように淡々と説明する御影の態度に、栗丘は思わず声を荒げる。

「そうかい? けっこう大事な部分だと思うんだけどなぁ。……ああ、あともう一つ確認しておきたいんだけど」

「なんですか」

 どこまでも人の心を煽ってくる上司に、栗丘は半ば苛立ちをぶつけるように聞く。
 だが、

「絢永くんには、このことは秘密にしておく気かい?」

 それを耳にした瞬間、それまで全身に纏っていた怒りが、さっと冷えていくのを感じた。

 絢永にはまだ、何も伝えていない。

 彼は十年前からずっと、家族を皆殺しにした犯人を捜している。
 本来なら誰よりも先に、彼にこのことを伝えなければならないのに。

「君が父親のことを知られたくないというなら、私も黙っているよ」

「そんなわけにはいきません!」

 このまま黙っているわけにはいかない。
 でも、彼に何と言って伝えればいいのかもわからない。

「……いつかは話さなきゃって、思ってます」

「別に、必ず話さなきゃいけないってわけでもないと思うよ。君が話したくないのなら、それも一つの選択だと思う。前にも言ったけど、この世の真実なんてロクでもないものばかりなんだから、知らない方が良いことだってたくさんある。もちろん君の父親を殺すことは確定事項だけど、絢永くんは復讐さえできればそれでいいだろうから。わざわざ標的が栗丘くんの父親だと知らせる必要はないよ」

「だめですよ、そんなの。わかってて黙ってるなんて……それって、あいつを騙すことになるじゃないですか」

 自分の父親の犯した罪を隠すなんて、警察官としてあってはならないことだ。
 それに何より、絢永の相棒を任された人間として、許されることじゃない。

「わかった。君がそうしたいと言うのなら、私もその意思を尊重しよう。リミットは大晦日だ。それまでに、絢永くんに真実を話そうね」

 それじゃまた明日、と御影が言うと、それまで円らな瞳をこちらに向けていたキュー太郎の顔が、かくんと下を向いて体ごと倒れた。
 あやかしの気配が消えた部屋の中で、栗丘は頭を抱えてその場にしゃがみ込む。

「……なんで。どうしてなんだよ……父さん」

 誰にともなく呟いた声は、十二月の冷たい空気の中に吸い込まれていった。