今となっては、栗丘も心の底から同意する。
 平気で人を騙すような彼のことを、やはり信用することはできない。

(俺の父親のことも、いっそ全部ウソだったらいいのにな……)

 しかし、誰よりも御影のそばにいるマツリカでさえその胸中がわからないとなれば、いよいよ御影の思惑を探るのは難しくなってくる。

「あたしは誰も信じない。だからあたしは、自分自身の目で確かめに行くの。自分が本当に『人間』なのか、それとも周りが言うみたいに『人喰い鬼のあやかし』なのか……。門の向こうに行けば、その答えがわかるかもしれない。あやかしが生まれるのは、いつも門の向こう側だから」

「そうは言ってもさ、あっちの世界にはあやかしがいっぱいいるんだろ。たとえそこに行けたとしても、取って喰われるだけじゃないのか?」

「わかんないよ。行って見てみなきゃわかんない。今まで門の向こうに行って帰ってきた人間は一人もいないんだから、あたしがその第一号になってやるの」

 その口ぶりからすると、彼女はどうやら栗丘の父親について、御影から何も聞かされていないようだった。

「で、あんたはなんでまた急にあっちの世界に興味を持ったわけ?」

「えっ。俺?」

 完全に不意打ちを喰らった栗丘は、慌てて返事を考える。

「あー、いや、その……そうそう! お前が門の向こう側に行きたがってたから、あっちの世界ってそんなすごい所なのかなーって思ってさ」

「ふーん。それだけ?」

 さすがに、自分の父親が門の向こうから十年ごとに人を襲いに来る話なんてできない。
 栗丘が苦し紛れに誤魔化しているところへ、ちょうどタイミング良くコース料理の一品目が運ばれてきた。
 湯気の立つスープに気を取られたマツリカは、それ以上こちらを追及してくることはなかった。

 ほっと胸を撫で下ろした栗丘は、そこでふと頭に浮かんだ疑問を口にする。

「ちなみにさ、これはただの好奇心で聞きたいんだけど……」

「何?」

「御影さんって、家の中ではあのお面は外してるのか?」

 御影が常に身に付けている狐の面。
 その下にある顔は過去の事件で焼け爛れたと言っていたが、自宅では普段どうしているのだろう。

「あのふざけたお面なら、家でもずっと付けてるよ。あたしもミカゲの素顔は一回も見たことない」

 さらりと返ってきた答えに、栗丘は唖然とした。
 そんな彼には構わず、マツリカはスープを一口飲むと、「まずい」と言って舌を出した。