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 翌朝。
 いつものスーツ姿で満員電車に揉まれながら、栗丘はぼんやりと吊り革を見上げていた。

 昨夜は結局、一睡もできなかった。
 それもこれも、胡散臭い上司が嘘か本当かもわからない衝撃の事実を口にしたからである。

(俺の父親が、絢永の仇……?)

 二十年前に死んだと思っていた父親が、実は生きていた。
 本来なら喜ばしいことのはずなのに、今はとてもじゃないがそんな気分にはなれない。

 ——前回の出現から、今年でちょうど十年が経つ。つまり来月の大晦日の夜には、君の父親は必ずこちらの世界へやってくる。だからそれまでに、君がどうしたいかをちゃんと考えておいてね。

 昨夜の御影の言葉が、まるで呪いのように思い出される。

 ——君の父親を正気に戻すのは、おそらく不可能だ。だから私は、彼をこの手で殺すつもりでいる。できれば君にも協力してほしいけれど、嫌なら逃げてくれても構わない。あるいは私を止めたいというなら、全力で止めにくればいい。ただしその時は、私も容赦しないよ。

「そんなこと言われてもさぁ~~……」

 両手で頭を抱えながら、栗丘はふらふらと電車を降りた。
 駅を出て警視庁舎へと向かう途中も、脳内に浮かぶのは不穏な未来ばかりである。

(そもそも、絢永はこの事実を知らないのか?)

 今までの絢永とのやり取りを考えると、彼はおそらく何も知らされていない。
 御影との付き合いは栗丘よりもよっぽど長そうなのに、なぜそんな大事な情報を共有していないのかは疑問だった。

(でも逆に知ってたら知ってたで、それも気まずいよなぁ……?)

 家族の仇である男の、その息子が目の前にいるとなれば、復讐に燃える彼の胸中は穏やかではないだろう。

「あ~~、もう。こんな状況で、絢永にどんな顔して会えばいいんだよ……」

 考えすぎて頭がパンクしそうになっている栗丘の横から、

「呼びました?」

 と、聞き慣れた声が不意に届く。

「うわっ! 絢永ッ!?」

 いつのまにか隣にいた絢永に、栗丘は飛び上がって後ずさりした。

「な、なんですかセンパイ。そんなに驚かなくたっていいでしょう」

「あ……いや、ちょっと考え事してたから、気を抜いてて……」

 しどろもどろになる栗丘を見て、絢永は怪訝な目を向けてくる。

「もしかして、昨日の話を気にしてます?」

「えっ!?」

 なんでお前がそれを知ってるんだ!? と栗丘は勢いで言いかけたが、

「家族を殺したあやかしを、僕が追っているという話……。あんなことを話されると、やっぱり引いちゃいますよね。もう十年も前のことなのに、未だに復讐することばかり考えているなんて……」

 昨日の話、というのはどうやら御影の話ではなく、絢永が自ら話した内容のことらしかった。
 『復讐』という言葉を後ろめたそうに口にする彼の様子に、栗丘は慌てて否定する。

「あっ、いや、違う違う。引くなんて、そんな訳ないだろ! 俺が気にしてるのは別のことで……ちょっと、個人的に悩んでるだけだよ」

「そう、でしたか」

 どこかホッとした様子で微笑む絢永。
 いつもの余裕を取り戻したのか、「あなたも人並みに悩んだりするんですね」などと軽口を飛ばしてくる。