「そう、式神。術者が使役するあやかしのことなんだけど、絢永くんから聞いてないかな」
栗丘の手を離れ、目の前のテーブルに飛び移ったキュー太郎は、御影の声でそう尋ねてくる。
「式神……。いや、うーん……」
言われてみれば、そんなワードをどこかで耳にしたような気がしなくもない。
とはいえ、しっかりと説明を受けた覚えもない。
「式神の作り方はけっこう簡単でね。対象となるあやかしの体に、霊力を込めた術者の血を一定量注ぎ込めばそれで完成する。そうすればあとは術者の思い通りにその式神を操ることができるんだよ」
「血を注ぎ込む……ってことは、キュー太郎の体には御影さんの血が混ざってるってことですか?」
若干むごい話だな……と思いつつ栗丘が確認すると、
「混ざってるというか、彼女の体には私の血しか入っていないよ。式神は死んだあやかしを媒介とするから、もともと入っていた血は抜いてあるんだ」
「…………え」
死んだあやかし、という言葉に栗丘は違和感を覚えた。
「死んだ……って、キュー太郎がですか? なに言ってるんですか。こいつ、いつも元気に走り回ってるのに」
「それは私がそういう風に操って動かしているからだよ。イメージ的にはゾンビとか、キョンシーみたいなものだと思ってくれればいい」
御影が淡々と述べたその説明に、栗丘は今度こそ顔色を変えた。
「……キュー太郎が、死んでいる?」
そんな馬鹿な、と否定しようとしたところで、それよりも早くキュー太郎が「キュッ!」と可愛らしい声で鳴く。
まるで栗丘の口にした『死』を肯定するかのように鳴いたそれは、御影が操っているだけで、実際にはすでに死んでいるのかもしれない——そう認識した瞬間、栗丘は得も言われぬ不気味さにゾッとした。
「……う、嘘でしょう? だって御影さん、キュー太郎は俺に懐いてるって言ってたじゃないですか」
「あの時は君に警戒されないように、そういう言い方をしただけさ。最初から君を監視することが目的だなんて伝えていたら、君はこの子を手元に置いてくれなかっただろう?」
「監視? ……って、なんですかそれ。どういうことですか。なんでそんなことをする必要があるんですか!?」
思いもよらぬ言葉を次々と浴びせられて、栗丘も思わず声を荒げる。
「まあまあ、落ち着いて。私が君を監視していたのは、君のことが心配だったからだよ。うちの部署に引き入れたはいいものの、あやかしに襲われてすぐに死んでしまっては元も子もない。だから何かあった時の保険として、君の懐にこの子を忍ばせておいたんだ。実際、先日の『手長』の一件では危ないところを助けてあげられただろう?」
「それは、そう、だけど……!」
そういう問題じゃない。
栗丘は今までキュー太郎のことを『生きたあやかし』として認識し、半ばペットのように可愛がってきた。
胸ポケットから顔を出して鳴く仕草や、こちらに体をくっつけて安心したように眠る姿の、その一つ一つに愛おしさを覚えた。
それがまさか、すべて御影によって創られた紛い物だったなんて。