過去のことを話している時の絢永は、ずっと暗い顔をしていた。
 時折、その胸に物理的な痛みを伴ったかのように顔を顰めることもあり、辛い出来事を思い出させてしまっている、ということに栗丘は罪悪感を拭えなかった。

「別に、栗丘くんが気に病む必要はないんじゃないかな。絢永くんは意思表示をはっきりする子だし、話したくないことは話さないと思うよ。だから大丈夫。気にしない、気にしない」

 と、いきなりそんな声がどこからともなく聞こえてきて、栗丘は全身を固まらせた。

「…………え?」

 周りには誰もいない。
 目の前にいるのは白いふわふわの小動物だけで、人間の言葉を発せるような存在は今はどこにもいない、はずである。

「だ、誰かいるのかっ!?」

 声は低く、成人男性のようだった。
 栗丘が慌てて辺りを見回していると、ふふっと愉快そうに笑う声が再び聞こえてくる。

「こっちだよ、こっち。君のすぐ目の前さ」

 言われて、栗丘は再び目の前のふわふわに視線を落とす。
 胸ポケットから顔だけを出し、円らな瞳でこちらを見上げるその小さな獣は、小首を傾げて口をもごもごとさせる。

「そう。私だよ。びっくりしたかい?」

 いつもは「キュッ」と可愛らしい声で鳴くキュー太郎が、今、なぜか成人男性の声で人語を話している。

「おっ……おわああぁ————っ!?」

 半ばパニックになった栗丘に、キュー太郎は変わらない調子で語り続ける。

「あっはっは。大丈夫だよ、落ち着いて」

「キュー太郎の声がおっさんになってる!!!」

 そこから約五分ほど騒いだ後、栗丘はやっとのことで少しずつ冷静さを取り戻していった。

「……そ、その声、まさか御影さんっ!?」

 改めてキュー太郎の発している声に集中してみると、それはどう聞いても御影の声だった。

「ピンポーン。正解! びっくりさせて悪かったね。というか、そろそろ私の存在にも気づいてくれてる頃かと思ってたんだけど、私の見解が甘かったのかな」

「ど、どういうことか説明してください! なんでキュー太郎が御影さんの声で喋ってるんですか!?」

「まあまあ、一旦深呼吸して。ほら、吸ってー……。吐いてー」

 御影の声に合わせて深呼吸すると、やがて栗丘は完全に落ち着いた。
 そのまま御影に促され、キュー太郎を連れてリビングのソファへと移動する。

「そろそろいいかな。それじゃ、説明するね。いま目の前にいる白いふわふわ……キュー太郎くんは、私の式神なんだよ」

「しきがみ……?」

 聞き慣れないワードに、栗丘はソファに座ったままオウム返しで首を傾げる。