「その場に……って、えっ。お前、あの事件の被害者なのか!?」
かつて日本中を震撼させた、現職の総理大臣を狙った暗殺事件。
当時の栗丘は中学二年生であり、絢永はその一つ下の学年に当たるので、事件に巻き込まれた当時はまだ中学一年生だったことになる。
「あれは十年前の大晦日で……首相の孫の誕生日パーティーが開かれていたんです。近親者の他にも、多くの政治家たちが集まっていました」
「その集まりの中にいたのか? ってことはお前、すげー良い家柄の子どもだったんだな」
確かに普段の振る舞いや仕草から、育ちが良いということは栗丘も察していたが、まさかそこまでのエリート一家の人間であるとは予想していなかった。
「当時の首相の名前を覚えていますか?」
「名前? ええと、確か……『あ』から始まる名前だったような……」
昔から政治に興味のなかった栗丘は、歴代の総理大臣の名前もうろ覚えである。
うんうん唸っても一向に答えが出てこないので、やがて痺れを切らした絢永が自らその名を口にする。
「『絢永』です」
「え」
いきなり自己紹介か? と首を傾げて察しの悪い栗丘に、絢永は改めて言い直す。
「絢永源一郎、元総理大臣です。ご存知ないですか?」
「……絢永?」
巷ではあまり聞かない、珍しい苗字。
さすがの栗丘でも、それがただの偶然の一致でないことには察しがつく。
「絢永って、もしかして、お前……」
やっと理解したらしい先輩警官の反応を見届けてから、絢永は再び口を開く。
「……あのとき殺された首相は、僕の祖父です。僕はあの日からずっと、家族を皆殺しにしたあやかしを捜しているんです」
◯
夜も更け、日付が変わる頃になると、絢永は寮に帰っていった。
よければうちに泊まっていかないか、と栗丘は提案したが、翌日も仕事だからと絢永はその申し出を断った。
「遅くまでお邪魔してすみませんでした。また明日、よろしくお願いします」
いつもの別れの挨拶は、やけに元気がないように見えた。
どこか寂しげな後輩の、遠くなっていくその背中を見送ってから、家の中に戻った栗丘はひっそりと胸元のポケットに問いかける。
「なあキュー太郎。俺、あいつにあんな質問をして良かったのかな」
「キュ?」
栗丘の声に反応して、ポケットの中からは白いもふもふの小動物が顔を出す。
「あやかしのことで何か抱えてるのかって。あんまり深く考えずに質問したけど、まさかあんな大事な話をされるなんて思ってなくてさ。あいつ、本当は俺に話すつもりなんてなかったんじゃないかな。なんていうか、変なところで真面目な奴だし……俺が質問したから、無理に答えようとしたんじゃないかって」