「きっと、また『門』を探しているのでしょう。夜分に家を抜け出すのは相変わらずのようですから」
『手長』の一件があったあの日、彼女は『あっちの世界へ行きたい』と言っていた。
——あたしはただ、『門』の向こう側へ行けたらそれでいいの。
あやかしが住むという『あっち』の世界、幽世と、人間が住む『こっち』の世界、現世。
その二つを繋ぐ境界が『門』なのだという。
「なんでそんなに門の向こう側が気になるんだろうな。あやかしが住む世界ってことは、人間にとっては危険な場所ってことだろ?」
「あやかしが生まれる場所……と、御影さんは言っていましたが。それ以上のことは何もわかりませんね。何せ、あちらの世界に行って戻ってきた人間は一人もいないわけですから」
「ますますわからないな……。そんな場所に行って、マツリカはどうしようっていうんだ? 行ったところで、あやかしに取って喰われるだけじゃないのか」
「マツリカさんにはマツリカさんの事情があるんでしょう。……あなたがご両親のことで真実を追い求めるのと同じように」
そう口にした絢永の瞳は、どこか遠くを見つめているようだった。
まるで何かを思案するようなその様子に、栗丘は思わず尋ねる。
「お前も、あやかしのことで何かを抱えているのか?」
ここ数日のやり取りで、絢永のプロフィールは少しずつ明らかになっていた。
しかしその内容は、身長が一八七センチであるだとか、意外と甘いものが好きだとか、誕生日が実は大晦日だとか、そういった他愛のないものばかりで、彼の人格や生き方を形成するような重要な部分はまだ聞き出せていない。
あやかし退治という危険な任務にわざわざついているのも、彼にとって何かそれなりの事情があるのかもしれない。
「……十年前に、テロ事件で亡くなった総理大臣がいたでしょう」
わずかに声のトーンを落として絢永が言った。
「十年前? ……ああ。あれはすごいニュースだったよな。当時は俺もまだ中学生だったけど、あの時は学校でもあの事件の話題で持ち切りだったよ」
十年前、当時の首相とその家族が、テロリストによって惨殺された。
その場に居合わせた政治家も複数人が犠牲となり、その日のことは未曾有の大事件として歴史に刻まれることとなった。
「テロリストによる犯行……と、表向きにはなっていますが。実際は、あれもあやかしの仕業です。世間への説明が難しいため、テロが起こったことになっているだけです」
「えっ、そうなのか!? でも、そんな情報どこから……」
おそらくは国家機密に値するであろう情報をさらりと口にする絢永に、栗丘はひっくり返りそうになる。
しかし、絢永が次に放った言葉に、栗丘はさらに度肝を抜かれた。
「この情報に間違いはありません。事件発生当時は、僕もその場にいましたから」