「御影さんは、あなた方のことを心配しているんですよ。今回のことだって、御影さんが把握していなければ僕もここに駆けつけられなかったですし——」

「そんなわけない! 心配してるなんて嘘!! あいつはあたしのこと、ただの手駒だとしか思ってないんだから!」

 そう吐き捨てて、彼女は踵を返す。
 そのまま非常階段を駆け下りてどこかへ走り去ってしまった。

「何だあいつ。一体どうしたんだ?」

「センパイ、傷は大丈夫なんですか」

 やけに真剣な声色で問いかけられて、栗丘は思わず身構えた。

「えっ。いや、平気だけど……」

「先ほどはすみませんでした。僕のせいで、もう少しであなたがあやかしに喰われるところでした」

「い、いやいや! 俺だってお前に頼りすぎてたところもあったし……。って、なんか調子狂うな。マツリカといい、お前といい、一体どうしちゃったんだよ。いつもの嫌味な態度はどうした!?」

 いつになく低姿勢な絢永の様子に、栗丘は戸惑いを隠せなかった。
 どうやら先ほどの失態は、絢永にとってはかなり尾を引くようなものらしい。

「治療が必要でなさそうなら、家まで送ります。すぐにタクシーを呼びますから、ちょっと待っててください」

 栗丘とは目も合わせようとせず、彼はそう言うとスマホを片手に背を向ける。
 いつになく小さく見えるその背中に、栗丘は何と声をかけていいのかわからなかった。

(そういえば俺……こいつのこと、まだ何も知らないんだな)

 有能だけど生意気で、冷たい物言いはするのに繊細で。
 たまにこうして弱い部分も見え隠れする。
 そして、危険な任務にも果敢に立ち向かうその動機は、一体どこで生まれたものなのか。

 彼のことを改めて知りたい、と思った。

「なあ、絢永。今から一緒にメシでも食わないか?」

「は?」

 スマホを握ったまま不可解そうに振り返る彼に、栗丘はニッと快活な笑みを向ける。

「俺もう腹ペコでさあ。帰りに何か買って帰るから、お前もうちに来いよ。一緒に食べようぜ!」

「……僕、もう夕食は済ませたんですけど」

 遠回しに断る彼に、栗丘は意地になって食い下がる。

「じゃあデザートも買って帰るから! ちょっとぐらい良いだろ? うちに寄ってけよ。なっ。なっ」

「……しつこいです」

 言いながら、絢永は小さく吹き出すようにして笑った。
 どうやらこうしてしつこく食い下がると、じきに耐えきれなくなって笑ってしまう性分らしい。

「おっし、決まり! 部屋ん中は散らかってるけど、そこは勘弁な!」

「ほんと勘弁してくださいよ」

 憎まれ口を叩きながらも、栗丘の圧に押されて渋々了承する。

 十一月の寒空の下で、彼らはいつになく穏やかに笑い合った。