とんでもない力で足を引っ張られ、栗丘はたまらずその場に尻餅をつく。
 そのままずるずると部屋の奥へ引きずり込まれそうになったところで、咄嗟にドア枠を掴んで持ち堪えた。

「ハラ……ヘッタ……、血…………」

「お、おいマツリカ! 何やってる! 早くこいつを撃ってくれ!!」

 ただでさえ老朽化の進んでいるドア枠は今にも朽ち果てそうである。
 栗丘はなんとかそこにしがみつきながら必死に叫ぶが、当のマツリカはぽかんとした顔のままその場に突っ立っていた。

「うっそ……。ほんとに『(ひら)いちゃった』」

 まるで信じられないものでも目にしたように、彼女は放心状態になっている。

「マツリカ、頼む! 銃を抜いてくれ!」

 尚も栗丘が叫ぶと、彼女はやっとその声に反応して視線を向けた。
 だが、

「うるさいなぁ。囮は黙っててよ」

「…………は?」

 予想外の冷たい返事に、栗丘は固まった。
 床に這いつくばったままの彼の体を(また)いで、マツリカは部屋の中へと入っていく。

 扉の向こうには完全な闇が広がっており、栗丘の足を掴んでいる白い腕も、肘の辺りまでは見えるがその先は闇に包まれている。
 そんな暗がりの先へとマツリカは右手を伸ばすが、その指先は何か見えない壁のようなものに押し返されてしまった。

「やっぱり、『こっち』からじゃ行けないか……。『あっち』から引っ張ってもらわないと」

 何やら深刻な面持ちで彼女は呟いていたが、栗丘はそれどころではなかった。

「マ、マツリカ……。お前、どういうつもりだ? まさか俺を()めたのか?」

 ここにきて初めて事の重大さに気づいた栗丘は、困惑しきった目をマツリカに向ける。
 彼女はにんまりと満足げな笑みを浮かべ、その唇の隙間に小ぶりな八重歯を覗かせて言った。

「自分から囮になるって言ったのはあんたでしょ? あたしはそれに便乗しただけ。……あたしはただ、『門』の向こう側へ行けたらそれでいいの」

 彼女がそう話している間にも、栗丘の足は引っ張られ続けている。
 彼が必死にしがみついているドア枠も、みしみしと音を立てて限界を訴えていた。

「だ、だめだ、もう……っ」

 栗丘の腕もこれ以上は無理だと悲鳴を上げる。
 マツリカはそんな彼の前にしゃがみ込むと、耳元で甘く囁いた。

「もう諦めて引きずり込まれちゃいなよ。あたしも一緒に行ってあげるからさ」

「何……?」

 額に脂汗を滲ませながら栗丘が顔を上げると、

「あたしは『あっちの世界』に行きたいの。二人一緒なら怖くないでしょ? ……ほら、連れてってよ。あたしを」

 言いながら、彼女はドア枠にしがみつく栗丘の指を一本一本伸ばしていく。

「や、やめろ! 何考えてんだお前!!」