「そこの部屋が怪しいかも。ちょっと中を見てきてよ」

「えっ、俺一人で行くのか!?」

 今にも朽ち果てそうな部屋の入口に、マツリカは目星を付ける。

「あんたがあやかしを誘き寄せてる間に、あたしが後ろから撃つ。そういう作戦でしょ。ほら、わかったらさっさと行く!」

「ちょ、押すなよ。待てって! お前、銃の腕は確かなんだろうな? 今は御影さんも絢永もいないし、下手したら俺は死ぬんだぞ!?」

「あたしを誰だと思ってんの。余計な心配は無用! それに、あんた警察学校では体力テストでぶっちぎりの一位だったんでしょ。いざという時はその自慢の足で逃げればいいじゃん」

 言われて、はた、と栗丘は目を瞬く。

「え。なんでそれ知って……」

「ミカゲが言ってた。あんたは足も早いし持久力もあるし、囮捜査には打ってつけだって。さすがに握力はないみたいだけど……体力と身軽さでいえば、右に出る者はいないんだってさ」

 思わぬタイミングで褒めちぎられて、栗丘は調子を狂わされる。

「ミカゲがあんたを選んだのは、ただあやかしが見えるからってだけじゃない。ちゃんと他の面も評価して、あんたのことを信用してるの。だからあんたももっと自信を持て!」

 マツリカからの激励を受け、まんまと栗丘はその気になってしまう。

「よおっし、任せとけ! この俺が必ず悪いあやかしを炙り出してやる!」

 そう高らかに宣言するなり、暗い廊下をずんずん進んで指定された部屋の扉に手をかける。
 もはや鍵がかかっていたのかどうかもわからない程ボロボロになっているそれは、栗丘の手が触れただけでほぼひとりでに手前へと開いた。
 キィ……という甲高い音とともに、少しずつ部屋の中が露わになっていく。

「…………ッタ……」

 暗くて何も見えない視界の先から、微かに誰かの声のようなものが聞こえた。
 と同時に、それまで感じられなかった『気配』が、急激に濃度を高めて栗丘の第六感を刺激する。

「……ハラ……ヘッタ…………。血…………ニンゲン、ノ……」

(いる。この部屋の中に)

 まごうことなき、あやかしの気配。
 それは栗丘のすぐ目の前、扉の向こう側に存在していた。

 逃げろ、と本能が警鐘を鳴らす。
 狙い通りあやかしを誘き寄せられたのなら、後は身を引くだけだ。
 栗丘は瞬時に床を蹴って後ろへと飛び退く。

 大丈夫。
 自分はあの御影も認めるほどの身体能力の持ち主で、足の速さなら誰にも負けない——そう意気込んだ次の瞬間。
 部屋の暗がりから飛び出してきた白い腕が、栗丘の右足首を掴んだ。

「って……ええええぇぇ————っ!?」