「もしかして心配してくれてるのか?」

「そんなんじゃありません」

 ふいっと視線を逸らしながら絢永が言う。
 素直ではない彼のそんな様子に、栗丘は思わず笑みが漏れた。

「……ありがとな、絢永。でも俺はやっぱり、あやかしのことをもっと知りたいんだ。親のことだけじゃなくて、このあいだの斉藤さんみたいに、あやかしに憑かれて暴走してしまう人がいるなら、そういう人のことも放っておけないしさ」

「あなた自身、死ぬかもしれないんですよ。それでも続けたいんですか?」

「警察官なら誰だって、危険は承知の上だろ。今さらだよ。……それよりお前、飯は食わないのか? ちゃんと食っとかないと、丈夫な体になれないんだぞ」

「……あなたにだけは言われたくないです」

 言うなり、絢永はもう用事は済んだとばかりにさっさと席を立ってどこかへ行ってしまった。



          ◯



「おっそ——い!! 約束の時間から二分も過ぎてるんですけど!」

 午後九時二分。
 待ち合わせに遅れてやってきた栗丘は、マツリカの前に到着するなり息を切らしながら謝罪した。
 祖母の病院からこの駅まで、予定ではギリギリ時間内に到着するはずだったのだが、人身事故の影響で列車のダイヤが大幅に乱れてしまったのである。

「罰としてジュース奢ってもらうから!」

「はいはい」

 思いの外かわいい罰に内心安堵しつつ、栗丘は近くの自動販売機でミルクティーを買った。

「で、あやかしの出没しそうな場所っていうのは目星が付いてるのか? まさかとは思うけど、あてもなしに街中をぐるぐる歩き回るつもりなんじゃ……」

「あたしを誰だと思ってるの?」

 ふふん、とマツリカは両腰に手を当てて言う。

「あたしはね、あんたたちよりも何倍も『鼻』が効くの。どれだけ遠く離れたあやかしの気配でも、あたしの鼻ならすぐに探り出せちゃうんだから」

 言い終えるが早いか、彼女は駅とは反対の方角へすたすたと歩き始める。
 慌てて栗丘が後を追うと、彼女は道の先を真っ直ぐに指差して笑みを浮かべた。

「こっち。歩いて二十分ってところかな。あやかしのニオイがぷんぷんしてくる。さっさと片付けちゃって、ミカゲのこと見返してやろ!」

 さっそく標的を見つけたらしい彼女の能力に栗丘は舌を巻く。
 と、そこでふと疑問に思ったことがあった。

「そういえば、どうしてそこまで俺に協力してくれるんだ?」

 俺は嬉しいけど……と栗丘は頭をかく。
 マツリカは一瞬肩を跳ねさせて立ち止まったが、再び歩き出すと、どこかぎこちない笑みを栗丘に向けて言った。

「そんなの、善意百パーセントに決まってるじゃん!」

「そっか。そうだよな」

 優しいなぁ、とデレデレしながら、栗丘は彼女に案内されるまま夜道を進んでいった。