藤原の言わんとしていることは、栗丘も重々承知していた。
 子どものような見た目で、一見して頼りないというレッテルを貼られてしまう自分に、街を守る警察官として市民に頼ってもらうことは難しいのだと、自分でも痛いほどによくわかっている。

「こうして二人一緒に勤務してても、結局は俺が一人で対応するしかないじゃないですか。正直、あんたと組まされるのってすげーしんどいんすよね」

 返す言葉もなかった。
 自分のせいで後輩に迷惑をかけているのは火を見るよりも明らかである。

「センパイって、出世欲とか無いんすか? このままだと一生階級もそのままっすよ」

「……出世はしたい、けど」

 出世はしたい。

 出世して、たくさん金を稼げるようになったら、そのときは……。

 脳裏で、育ての親である祖母の顔が過ぎる。
 たくさん金を稼いで、最先端の治療を受けさせることができれば、いつかはまたあの優しい笑顔を見れるかもしれない。

 それに——。

「すみませーん。いま大丈夫ですか?」

 と、不意に弱々しい声がそこへ届いた。

 栗丘と藤原が同時に見ると、交番の入口から申し訳なさそうに顔を覗かせている人物がいる。
 痩せ気味の、四十代くらいの男性だった。

「あ、さっきの」

 藤原が言って、栗丘は二人の顔を交互に見た。
 どうやら先ほどの現場で顔を合わせた人物のようだ。
 藤原は相手に聞こえないよう、栗丘の耳元で囁く。

「さっき言ってた、ちょっと過剰防衛っぽかった人です」

 過剰防衛、という響きから、もう少し荒くれ者のようなイメージを抱いていたが、実際に現れた人物はどこか覇気のないくたびれた初老男性だった。

「どうしたんです? また何か問題でも起きましたか」

「いやあ、すみません。さっきのとは関係ないんですが、せっかくだから、ついでにちょっと相談に乗ってもらいたくて……」

「はあ」

 藤原がカウンターで対応すると、男性は何やら人生相談のようなものを始めた。
 自分は元より正義感の強い人間だったが、最近はどうもそれが高じて、人様の悪事を見るとつい手を出しそうになってしまうとか。

「はあ、その。悪いんですけど、ここは交番なんで、お悩み相談室じゃないんですが」

「す、すみません。でも、最近は本当に悩んでいて……。このままだと、いずれブレーキが効かなくなって、いつか誰かを殺してしまいそうな気がするんです」