マツリカは御影に世話になっている身であり、本人も言うように誰より御影のそばにいる人物のはずである。
 そんな彼女がそこまで言うのなら……と、栗丘も段々と御影に対して疑念を抱き始める。

「じゃ、じゃあさ。どうすりゃいいんだよ。御影さんが俺の上司である以上、俺は逆らえないし、下手な態度を取ればこの部署から外されて、欲しい情報ももらえなくなるかも……」

 従順なままでは駄目だと言われても、だからといって反抗的な態度を取るのはどう考えても悪手である。
 手詰まりで困惑する栗丘に、マツリカは「そんなこともわかんないの?」と目を細め、小ぶりな八重歯を覗かせて笑う。
 その小悪魔っぽい表情がやけに蠱惑的に見えて、栗丘はついドキリと胸を高鳴らせてしまった。

「いい? ミカゲは実力主義なの。たとえどれだけ立場が下の相手でも、実力があると見込めば敬意を表すの。つまり、あんたみたいな下っ端でも『有能で必要不可欠な人間』だと思わせることができれば、あいつは態度を改めるってこと」

「有能で、必要不可欠な人間……?」

「正直、今のあんたは完全になめられてる。ミカゲより実力が上……とまではいかなくても、対等に渡り合えるような人間だと思わせられれば、あいつも手のひらを返すはずだよ」

 わかった? と流し目で確認するマツリカに、栗丘は腕組みをしてうーんと唸る。

「でもさ、御影さんはさっき俺のこと、『優秀で将来有望な警察官』だって言ってたぞ。これ以上どうしろっていうんだ?」

 真顔でそんなことを言う栗丘に、マツリカは「マジかこいつ」といわんばかりの顔で固まる。

「あんた、本当にチョロすぎ……。ミカゲはね、そういう適当なことを簡単に口走る人間だから真に受けない方がいいよ」

 どこかで聞いたようなフレーズが彼女の口から漏れた瞬間、

「うん? なんだか私の悪口を言われたような気がするなぁ」

 と、御影の白々しい声が届く。
 栗丘は慌てて「や、やだなあ御影さん。気のせいですって!」と笑って誤魔化す。

 やがて再び絢永と話し始めた御影を尻目に、栗丘は細心の注意を払いながらマツリカに耳打ちする。

「で、結局のところどうすりゃいいんだよ。何か具体的な策はあるんだろうな?」

「当然でしょ。あたしを誰だと思ってんの?」

 言いながら、マツリカは懐からスマホを取り出して微笑む。

「これ、あたしのアカウント。後でここに連絡してよ」

 そう言って示された画面には、SNSのアカウントが表示されていた。

「え。それって、もしかして……」

「あんたみたいなおバカさんには、あたしが直々にレクチャーしてあげる❤︎」

 連絡先の交換だった。
 十代半ばの少女との、秘密のやり取り。
 どこか背徳感さえある未成年からの誘いに、栗丘は思わず顔面を赤くさせてしまった。