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 午後七時を過ぎた頃。
 その場の全員が食事を終えたのを見届けてから、御影は「少し早いけどお開きにしようか」と言った。
 栗丘が祖母の見舞いで病院に向かうだろうから、その時間に間に合うようにとの計らいだった。

 その心遣いには大いに感謝しているし、会計の際もとんでもない金額をポケットマネーから出してもらったことで栗丘は恐縮しっぱなしだったが、一つだけ、どうしても胸に引っかかっていることがあった。

「あの、御影さん。俺の父親のことなんですけど……」

 店を出て少し歩き、そろそろ解散という雰囲気になってきたところで、栗丘は恐る恐るそれを口にした。
 先日の斉藤の件を無事に解決できた暁には、父親のことで御影から情報をもらえるという約束だった。
 しかし鬼を退治したあの日から今日まで、そういった話をする機会は一度もなく、歓迎会である今日こそはと期待していたのだ。

 しかし御影は「ああ、それね」と軽く受け止めると、

「あれは機密情報だから、人目のある場所では話せないよ。また庁舎の会議室かどこかを借りて、二人きりで話そうか」

 警察の機密情報ともなれば、さすがに公の場でそれに触れるわけにもいかないのだろう。
 頭では理解しているものの、実質おあずけを食らった栗丘は密かに肩を落とした。

 その後は絢永が仕事のことで御影にいくつか質問をし、彼らが話し込んでいる間、栗丘とマツリカの二人は手持ち無沙汰になった。
 栗丘は明日から御影の下で働くことになる自分の姿をぼんやりと想像する。
 と、完全に気を抜いていた彼の耳元で、マツリカは声を潜めて言った。

「あんたさぁ、ミカゲに良いように使われてるよ」

「えっ?」

 不意打ちでそんな言葉を投げかけられて、栗丘は目を丸くした。
 マツリカはちらちらと御影の様子を窺いながら続ける。

「あんたの父親がどうとかって話、たぶん当分の間は教えてもらえないと思うよ。ミカゲは意地悪だし、どんな汚い手でも使うような奴だから。あんたが知りたがっている情報ってのを人質にして、あんたを自分の思い通りに使おうとしてるんだと思う」

「そ、そうなのか!? でも御影さんは……そんな人だとは思えないけど」

 いつも飄々として掴みどころのない人物ではあるが、御影は栗丘の能力を認めて自らの部署へと引き抜き、さらには生意気な後輩である藤原に苦言を呈した男でもある。
 今まで落ちこぼれ警察官として周りから扱われてきた栗丘にとって、彼は救世主といっても過言ではない存在なのだ。

「あんた、チョロすぎ。そうやってあんたが犬みたいに尻尾を振り続けてる限り、あいつは好き放題にやるよ。これは絶対」

「こ、根拠は?」

「あたしが言うんだから絶対。必然! あたしは誰よりもあいつの素顔を知ってるんだから」