返します! と栗丘は獣を御影の前に突き出したが、
「いやいや。その子はもう君に懐いてしまったからね。可愛いから名残惜しいんだけど、私の所にはきっと帰って来てくれないし、他の人間の所に行くことも絶対にないと思う。その証拠にほら」
御影は畳んだ扇子の先で獣の口元を示す。
他の三人が見ると、獣は栗丘の指の傷口を執拗に舐め続けていた。
「あやかしは人間の血を好む。そして、人間の血にも色々と種類があるらしくてね。美味しい血と、美味しくない血と、それから、ものすごく美味しい血があるらしいんだ。その美味しさを嗅ぎ分けて、彼らは人間を選り好みする。栗丘くんがあやかしを引き寄せてしまうのは、まさにそれが理由なんだよ」
「それって、俺の血がめちゃくちゃ美味しいってことですか……?」
栗丘は複雑な面持ちで手元の白いふわふわを見つめる。
ペロペロと美味しそうに舐め続ける小動物の姿は愛らしいが、人間の血を求めるあやかしの習性を考えると、ちょっとおぞましい。
「その子はすでに君に取り憑いていて、普段は君を隠れ蓑にしてあやかしの気配を消している。先日の斉藤さんの鬼と同じだね。あんまり上手く隠れるものだから、絢永くんですらその子の気配には気づいていなかったみたいだよ」
御影がそう言った瞬間、わずかに視線を下げる絢永の姿が栗丘の視界の端に映った。
「あやかしが自身の隠れ蓑として選んだ人間のことを、我々は『憑代』と呼んでいる。だから栗丘くんは、その子にとっての憑代だね」
「……こいつのことも、やっぱり退治するんですか?」
栗丘が聞くと、御影はうーんと唸る。
「その言い方じゃあ、君もその子に愛着が湧いちゃってるみたいだね」
「わがままな感情だっていうのは……理解してます」
あやかしは人間の血を好み、場合によっては先日の鬼のように周囲の人間を襲う。
この小動物も同じあやかしである以上、そういった危険性は否定できない。
だが、
「その子は小さいし、人を喰えるほどの胃袋は持ってないからねぇ。それに栗丘くんの血が余程気に入ったみたいだし、栗丘くんさえ嫌じゃなければそのまま飼っててもいいんじゃないかな」
「本当ですか!?」
栗丘はぱあっと顔を輝かせて手元の小動物と目を合わせる。
「聞いたか!? よかったなぁ、キュー太郎! これでお前はうちの家族の仲間入りだ!」
「キュー太郎って……」
それまで静かだった絢永が思わずその名前に顔を顰める。
その隣から、御影がふふっと笑って言った。
「その子、女の子なんだけどねぇ」