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まるで警戒心もなくスヤスヤと安らかに眠り続ける白い獣を、胸ポケットに突っ込んでから約三十分。
栗丘がデスクで報告書をまとめていると、現場に当たっていた藤原が気だるげな足取りで戻ってきた。
「ちーっす。ただいま戻りましたー」
「お、おかえり藤原。どうだった?」
後輩に対処を任せた手前、気まずい後ろめたさからわずかに声が強張る。
対する藤原はちらりと栗丘を一瞥すると、はぁ、とわざとらしく溜め息を吐いてから言った。
「とりあえず現場は落ち着きましたよ。すぐそこのビルに入ってる鉄板焼きの店です。客同士が揉めてたんすけど、周りが仲裁に入ったみたいで」
報告によると、どうやら最初に揉めていたのは一組の夫婦で、夫が妻に手を上げたところを別の客が止めに入ったらしい。
そこで逆上した夫が暴れそうになったのを複数人の客が取り押さえたのだとか。
「一人だけ、ちょっと過剰防衛に当たりそうなのもいましたけど。最終的には丸くおさまったんで、特にそれ以上こちらが介入する必要はないかと」
「そ、そうか。奥さんにケガは?」
「見た感じは特に何も。本人も大事にはしないでくれと言ってましたし。俺が駆けつけたときにはすでに旦那さんが取り押さえられた後でしたから」
すでに現場はおさまり、被害を訴える人間も皆無。
確かにそれならこれ以上の捜査は必要なさそうだ。
「わかった。お疲れ。あとは報告書だけ頼むな」
特に目立つような被害がなかったのなら何よりだ。
そう安堵して再びデスクに向き直った栗丘に対し、
「センパイって、この仕事向いてないっすよね」
「え」
唐突に投げかけられた言葉に、栗丘は固まった。
数秒遅れて、デスクの隣に立つ後輩を恐る恐る見上げると、そこに見えた顔はあからさまに侮蔑の色を滲ませていた。
「警察官って、市民の安全を守るのが役目っすよね。そういうのって、市民からある程度の信用を得た上で成り立つものだと思うんすよ。でもセンパイの場合、まず見た目からして難しいっすよね。事件や事故が起きたとき、見た目が中学生くらいの子どもに助けてもらおうって考える大人はそうそういないっすから」