その後もしばらくは三人でギャーギャーとやっていたが、やがて御影が改めて少女の紹介を始めると、その場はやっと静かになった。
彼女の名前はマツリカ……ではなく、本名は橘茉莉というらしい。
だが、
「その名前で呼ばないでっていつも言ってるでしょ。あたしは『マツリカ』! 次また『茉莉』って呼んだらブッ飛ばすから!」
「とまあ、ちょっと気の強い子だけど仲良くしてやってね」
そう御影が説明している間にも、少女は御影の腕をつねったりして不機嫌さを露わにしている。
名前の拘りはよくわからないが、きっとそのうち明らかになるだろう。
それよりも——と栗丘は当初から気になっていたことを口にする。
「あの、この子ってまだ未成年ですよね? こんな時間に飲み会なんかに誘って大丈夫なんですか? 親御さんが心配したりとか……」
「ああ、それなら心配はいらないよ。彼女は私の娘だからね」
さらりと投下された爆弾発言に、栗丘は「はっ?」と間の抜けた声を出す。
一瞬だけ凍りついたその場の空気をぶち壊したのは、他でもないマツリカだった。
「ちっっが——う!! まだ養子縁組はしてないから! こいつはただの後見人!」
「あっはっはっは。残念。なかなか認めてくれないんだよねえ」
御影の説明によると、どうやらマツリカは過去に御影が捜査に当たっていた事件で両親を亡くしたらしい。
他に身寄りはなく、数年前までは児童養護施設に預けられていたというが、そのあまりの素行の悪さに施設側が音を上げてしまったようだ。
「施設の人たちに泣きつかれてね。何かと面識のあった私が引き取ることにしたんだよ。未成年者後見人という形でね」
「あたしは納得してないんですけど」
「そんな冷たいこと言わないでよ。あっ、ちなみに彼女も『見える側』の人間だから。我々にとっては貴重な戦力となるんだよ。ね、絢永くん?」
「ノーコメントです」
絢永の素っ気ない反応を見る限り、この少女が警察にとってプラスになるような人材だとは思えない。
それでも御影が彼女を手元に置いているのは、あやかしが見える人間がそれだけ貴重だからなのか、あるいはただ単に彼女を気に入っているからなのか、栗丘にはわからなかった。
そうこうしている内に、座卓の上には前菜が運ばれてきた。
どうやら会席料理のようで、普段はこういった食事と縁のない栗丘は目を輝かせる。
「ここの料理は美味しいよ。栗丘くんもきっと気に入ってくれると思う」
さあ召し上がれ、と促す御影は自信たっぷりだった。
その予告通り、栗丘は一口目を頬張ったそばから「うっま!」と歓喜の声を上げる。
(ああ。ばあちゃんにも食べさせてやりたいなぁ……)
脳裏に浮かぶのは病床に伏せる祖母の姿。
いつか元気になって退院したら、この店に連れて来てやりたいなと思いを馳せる。