店の中はまだ空いているのか、どの個室もしんと静まり返っている。
女将さんの案内で、三人は一番奥にある座敷へと向かった。
襖を開けると、そこは床の間が設えられた立派な部屋だった。
中央には広々とした座卓があり、分厚い座布団を載せた座椅子が四つ並んでいる。
その内の一つ、上座に当たる席に、件の少女は腰を下ろしていた。
その顔を見て、栗丘はギョッとする。
「あ——っ! お前!!」
見覚えのあるその顔に、思わず叫ぶ。
十代の半ばと思しき瑞々しい容姿。
白い肌に、ぱっちりとした愛らしい瞳。
ハーフツインに結われた長い髪は所々にピンクのメッシュが入っており、服装は黒を基調としたパンク系ファッションである。
「お前っ……あの時のひったくり女!!」
忘れもしない。
先日、交番の前で栗丘の財布を盗んだあの少女だった。
「えへへ。久しぶりだね、お間抜けさん❤︎」
彼女はすでに運ばれてきた料理に手を付けており、ぺろりと赤い舌で唇を拭うと、小ぶりな八重歯を覗かせて小悪魔っぽく笑った。
その様子に、御影は肩をすくめて苦笑する。
「あーあ。やっぱり先に食べ始めちゃってたんだねえ。一応、今日は栗丘くんの歓迎会なんだけどなあ」
「ちょ、ちょっと御影さん! どういうことですか!? こいつ、前に俺の財布を盗んだ泥棒ですよ!」
「えー? あたし、泥棒なんかじゃないんですけど? あんたの財布ももらってないし」
「前回は僕が取り返しましたからね。悪戯はダメですよ、マツリカさん」
絢永が嗜めると、マツリカと呼ばれた少女はぷいっとそっぽを向く。
可愛い顔して傍若無人な振る舞いのゲストに、栗丘は面食らいっぱなしだった。
「まあまあ。栗丘くんには一つずつ説明していくから、とりあえず座ろうか」
お腹も空いたしね、と促す御影の声で、その場は一旦落ち着きを取り戻す。
四人がそれぞれ席に着いたところで、栗丘は改めて御影に質問した。
「で、どういうことなんですか御影さん。このコソ泥が俺たちとどういう関係があるんです? まさか服役中の囚人ってわけじゃないですよね?」
「あーっ、それすんごい失礼! ミカゲ、こいつのこと名誉毀損で逮捕してよ!」
いちいち突っかかってくる少女に、栗丘は嫌悪の目を向けて歯ぎしりする。
「こらこら、二人とも喧嘩しないでね。このままじゃ永遠に話が進まないよ」
「……ほんと。幼稚な人間ばかりで先が思いやられますよ。一体どっちが子どもなんだか」
はあ……と溜息を吐いた絢永を、栗丘と少女の二人はほぼ同時に睨みつけた。