そのまま外に出てもなおスーツの襟首を掴んだままの後輩に「そろそろ放せよ!」と抗議すると、やっとのことで解放される。

「まったく……。あなたといると余計な面倒ごとが増えてたまりませんね」

「なんだよー。俺のおかげであのあやかしは正体を現したんだろ? もっと素直に感謝してくれてもいいんだぞ。ほら、さっきみたいに『栗丘センパイ』って」

「やめてくださいよ。あなたに感謝なんて微塵もしてません。それに、先輩呼びなのは御影さんにそうしろって言われたから仕方なくです。あと僕がさっき助けなかったらあなた、今頃あの鬼に食べられていたでしょう!」

「あっはっはっは。仲が良いねえ、二人とも」

 と、そこへからからと愉快な笑い声が届く。
 二人が同時に見ると、暗い夜道の角にぼうっと浮かび上がる白い狐面があり、栗丘は「ぴゃッ!」と奇声を上げて飛び上がった。

「御影さん。そのお面は怖いんですから普通に登場してください」

 スン……とした顔で絢永が注意する。

「いやいやぁ。君たちがあまりにも仲良くやってるもんだから、どう会話に加わっていいものか悩んでしまってねえ」

 手元の扇子をしきりにパタパタとさせながら、御影はゆっくりとした足取りで二人の元へ歩み寄る。

「無事にあやかしは退治できたようだね。おめでとう、栗丘くん。これで君は、晴れて我々の仲間入りだよ」

 その言葉で、栗丘は大事なことを思い出す。

「あっ、そうか。そういえば、そういう話になってたんだっけ……」

 斉藤のことで頭がいっぱいで、肝心なことを忘れてしまっていた。
 無事にあやかしを退治したことで、晴れて栗丘は御影の持つ機密情報を手に入れられるのだ。
 そしてその代わりに、

「えっと、特例ナントカ……ナントカっていう部署に異動になるんでしたっけ」

「特例災害対策室です。いい加減に覚えてください」

「まあまあ、いいじゃないか絢永くん。特例災害対策室。つまるところ、あやかし退治専門の部署……人呼んで『あやかし警察』ってところかな。呼ぶ人はいないけどね、たぶん」

 まあここで立ち話も何だし……と、御影はどこか落ち着ける場所で話さないかと提案する。

「せっかくだから、栗丘くんの歓迎会も兼ねてどこかに食べに行こうよ。あやかしの性質や退治の方法、それから部署の方針についても色々と説明しておきたいしね」

「えっ、今からですか?」

 栗丘はギクッとして腕時計を見る。

「何です、センパイ。まさかとは思いますが、警視長である御影さんのお誘いを断るつもりですか?」

 隣から絢永が圧をかけてくる。
 こういう場合、部下は上司の意向に従うべきなのかもしれない。
 しかし栗丘には、どうしても断らねばならない理由があった。