自分はこんな所で死ぬのか——と、最悪の予感が栗丘の頭を過ぎった、その瞬間。
ドガン! と激しい音を立てて、店の入口の扉が弾け飛んだ。
「そこまでだ!」
聞き覚えのある声が店中に響く。
と同時に、バシュッ! と何かを発射させたような乾いた音と共に、鬼の動きがぴたりと止まった。
霞む視界で栗丘が見ると、鬼の左目には何やら白い紙のようなものが貼り付いていた。
よくよく見てみると、そこには墨で書かれた文字があり、いわゆる『呪符』のような見た目をしている。
「何ボーッとしてるんですか、『栗丘センパイ』! 早く逃げて!」
張り上げられた後輩の声で、栗丘は我に返る。
気づけば首元を掴んでいた斉藤の手は緩み、当の斉藤は文字通り抜け殻となって放心していた。
今しかない! と栗丘はすかさず斉藤の体を突き飛ばし、畳の上を転がりながらその場を離れる。
やがて急激に喉へ押し入ってきた酸素にむせ返り、盛大に咳を連発した。
「おのれ……人間……!」
鬼は貼られた呪符の効力のせいか、店の天井にも届きそうなその巨体を一ミリも動かせないでいる。
その隙に、店の入口に立つ青年——絢永は、スーツの懐から取り出した銃を両手で構える。
「最後に答えてください。あなたは単独犯ですか? それとも、誰かに命令されて『この世』へやってきたのですか?」
鬼の眉間に狙いを定めながら、絢永は冷静に尋ねる。
対する鬼もまた取り乱すような様子はなく、くつくつと喉の奥で不気味に笑ってから言った。
「この俺様が、誰かに命令されるだと……? 笑わせるな」
「そうですか。では、さようなら」
言い終えるが早いか、絢永は引金を引いた。
ドン、と腹に響く重低音が上がったかと思うと、次の瞬間には、目の前の鬼は木っ端微塵となって霧散していた。
残されたのは気を失っている斉藤の体だけで、辺りにはもうあやかしの気配はどこにもなかった。
◯
「斉藤さん。起きてください、斉藤さん!」
栗丘が呼びかけること数分。
畳の上で伸びていた斉藤は、やっとのことで意識を取り戻し、うっすらと瞼を開いた。
「斉藤さん! よかったぁ、気がついた」
「ここは……?」
状況を飲み込めていない斉藤に、隣に立って腕組みをしていた絢永が少々厳しい声で説明する。
「あなたの店ですよ。先ほどまで我々を襲っていたのを覚えていませんか? 感情に任せて、こちらの警官に手を出しましたよね」
言われて、斉藤はハッとした顔をすると、見る見るうちにその顔面全体を青ざめさせていく。
「そ、そうだ。私は……。栗丘さん、あなたの首に手をかけて……」