それから何時間もかけて栗丘は説明したが、結局、祖母に現状を理解してもらうことはできなかった。
何度同じ説明を繰り返しても、数分もすればまた記憶が振り出しに戻ってしまう。
それでも、彼女はもう二度と自分の孫と息子を間違えることはなかった。
それはまるで、栗丘瑛太がこの世を去ったという事実を、彼女が肌で感じ取ったかのようで。
父を失った現実を突きつけられているかのようで、栗丘はたまらず、彼女の腕の中で子どものように泣いてしまった。
やがて病室を出た時には、白い廊下は真っ赤な夕焼け色に染まっていた。
「少しはすっきりできましたか?」
と、予期せぬタイミングで声をかけられて、栗丘は「おわっ!?」と飛び上がった。
「あ、絢永!? お前、いつからそこに……」
病室を出てすぐの所に、彼はいつものスーツ姿で壁に寄りかかっていた。
「ついさっき来たところですよ。御影さんから招集がかかってますが、あなた気づいてないでしょう。きっとこちらに居るだろうと思って来てみましたが、正解でしたね」
「えっ、招集? 今日は休みなのに」
「事件が起これば休みだろうと現場に駆けつける。警察官の基本でしょう。さあ、早く行きますよ」
「えええ、嘘だろ? まだ病み上がりだってのに、人使いが荒すぎる……」
「御影さんなんてまだ入院中です。まったく、体を休めるってことを知らないんですから、あの人は」
はあ……と溜息を吐きながら、絢永は栗丘の首根っこを掴んでさっさと歩き出す。
「ちょっ、やめろよ! わかった、ちゃんと行くから! 子どもみたいな連れて行き方すんな!!」
栗丘が必死に抗議すると、やっとのことで絢永は手を放した。
「先日の百鬼夜行でこちらの世界にやってきたあやかしが、あちこちで悪さをしているそうです。大半は放っておいても問題ないでしょうが、被害の出そうなものから当たっていきますよ」
「へいへい。今年もあくせく働きますよ。ばあちゃんのためにも出世したいしな」
こうして昼夜問わず仕事に駆り出されていると、父の死を悼んでいる暇もない。
それが御影の狙いなのかはわからないが、栗丘はやっと気持ちを切り替えることが出来たようにも思う。
「そんじゃ行くか、相棒!」
「言われなくても」
軽快な掛け声が廊下に響く。
やがて二人は肩を並べて、同時に歩き出した。
『あやかし警察おとり捜査課』-完-