「まあ、そうだよな」

 はは、と苦笑する栗丘に、「でもさ」とマツリカは付け加える。

「あんたの父親、二十年もあやかしに憑かれてた割には、ちゃんと自我が残ってたよね」

「え?」

 不意に父の話題を振られて、栗丘は思わず目を丸くする。

「二十年経っても残ってたってことは、うちの親も、そこそこ自我が残ってたのかなって。それだけはちょっと思った。憑かれてたのは八年だけだったし……」

「どこを見てそう思ったんだ?」

 食い気味に、栗丘が聞いた。

 父には確かに自我が残っていた。
 けれどマツリカの視点からすれば、父はただ栗丘たちを殺そうと動いていただけに見えたはずだ。
 そのどこを見て、彼女は父の自我を感じ取ったのか。

「どこって、決まってるじゃん。だって、泣いてたでしょ。あんたの父親」

 さらりと言ってのけた彼女の言葉に、栗丘は言葉を失う。

「もしかして気づいてなかったの? 最後の方、あんたを踏んづけて殺そうとしてた時に、泣いてたよ。口ではあんなこと言ってたけど、心のどこかでは、自分の息子を殺したくないって思ってたんでしょ」

 その事実に、栗丘は遠い空を仰ぐ。

 最後の最後、父が殺される間際に見せたあの微笑みは、やはり見間違いではなかったのかもしれない——と。
 今はもう確かめようのないことに、思いを馳せた。



          ◯



「あら、瑛太。おかえり。すぐに夕飯を作るからね」

 霊園を後にしたその足で、栗丘は祖母の病院を訪れていた。
 彼女はいつもと同じように、自分の孫と息子を取り違えている。

「ばあちゃん。俺はみつきだよ。孫のみつき。わかんない?」

 このやり取りも、もう何度目になるだろうか。
 返ってくる言葉は同じだとわかっていても、とりあえずはそう訂正するしかない。
 また冗談ばかり言って、と笑う祖母の反応を待っていた栗丘は、しかし急に押し黙ってしまった彼女の様子に首を傾げた。

「ばあちゃん?」

「…………『みつき』?」

 自分の名前を、祖母が口にする。
 そんなこと、ここ数年は一度もなかった。
 普段と違う彼女の様子を、栗丘は固唾を飲んで見守る。

「ああ、そうね。瑛太は、もう……」

 言いながら、祖母はベッドの隣にある窓の外を眺めた。
 やわらかな陽の光が、カーテン越しに彼女を儚く照らす。

「ばあちゃん……もしかして、思い出したの?」

 そんな栗丘の声を聞いているのかいないのか、彼女は再びこちらに視線を戻すと、ふわりと笑みを浮かべて言った。

「おかえり、みつきちゃん。夕飯は何がいい?」

 そう語りかけてくる彼女の笑顔は、栗丘が知っている数年前の祖母のものだった。
 息子が門の向こうに消え、孫を引き取ることになった彼女は、二十年前の真実やあやかしの存在をひた隠しにして、ただ一心に孫への愛情を注いでくれていた。

 だから、伝えなければと栗丘は思った。
 彼女が大切にしていた、息子の末路を。

「ばあちゃん、俺……全部、終わらせたんだよ。話は長くなるけど、聞いてくれる?」

「あらあら、どうしたの。そんなに泣いちゃって。男前が台無しよ。ほら、しゃんとして。あなたは見た目よりもずっと強い子だって、私は知っているんですからね」