母に言われた通り、その週の土曜日に通夜、日曜日に告別式が行われる事になった。

 こういう時、色んな事が重なるものだ。

 土曜日には前々から高校時代の友人の結婚式があった。

 花音は午前中からシャンパンピンクのワンピースを着て、札幌市内のホテルに向かい、友人の結婚式と披露宴に参加する。

 音楽を聴いて多少具合が悪くなってしまったが、一応我慢できる範囲だ。

 披露宴が夕方に終わったあと、急いで中央区内にある自宅に戻り、着替えて通夜に向かう予定だった。

 だが――。

 着替えたあと地下鉄に乗るために最寄り駅に向かい、そこから大通駅まで行って、乗り換えをする予定だった。

 けれど乗り換え予定の大通駅東西線では改札近くでいつも以上に人が混雑していて、嫌な予感を抱いた。構内放送を聞こうにも、雑踏に紛れてよく分からない。

 改札横に駅員が看板を立てたのを見て、ようやく理解した。

(人身事故があったんだ……! よりによって私が行く方向で……!)

 あまりにタイミングが悪い。

 いつもなら人が亡くなったという事で「気の毒に」と思ったが、その心の余裕もない。

 腕時計をチラッと見ると、時刻は十七時五十分ほど。

 通夜は十八時半からだ。

(タクシーを使えばまだ間に合うかもしれない!)

 決めたあと、花音は踵を返して地上に向かう階段に足を向けた。




 が、全員同じ事を考えていたのか、近場のタクシー乗り場には長蛇の列ができている。

 土曜日だけに、その人数は多かった。

(あぁ……! もう!)

 両親に車で迎えに来てもらおうかと思ったが、どちらも今は葬儀前で忙しいはずだ。

 弟は東京から飛行機でやって来るので、迎えは不可能だ。

 友人や会社の同僚に頼むにしても、土曜日のこの時間帯なら何かしら用事が入っていて難しいだろう。

(もう……!)

 やきもきとしながらも、花音はタクシー乗り場で順番が来るのを待った。

 こういう場合、下手に動けば時間のロスをしてしまうのは、よくある話だ。

 ジリジリしながら花音は我慢強く待った。

 ようやくタクシーに乗る事ができたのは十六時十五分ほどだ。

 慌てて運転手に西区にある催事場を伝え、花音はメッセージアプリで母に事情と遅刻するかもしれないという旨を伝えた。

(お祖母ちゃんの葬儀なのに、遅刻するなんて……!)

 仕方のない理由とは言え、あまりに不甲斐ない。

 土曜日で車道も混んでいたので、街中から抜け出るのに余計時間が掛かってしまった。

 結局、西区にある催事場に着いたのは、十八時四十分ほどだった。

 扉の向こうからは僧侶が読経する声が聞こえる。花音はそっと中に入った。

 会場には喪服を着た人が大勢いて、すすり泣きも聞こえる。

 立派な祭壇には白い花が波を作るように飾られ、その中央に祖母の遺影が飾られてある。

 花音のよく知る、柔和な微笑みが最後の写真となっていた。

 花音は頭を低くして式場の左右に並ぶ花の前を通り、母と弟の間の席に座る。

そして数珠を取りだして洋子に手を合わせた。

 焼香などはギリギリ間に合い、何とか最後の挨拶ができた。

「遅刻してごめんなさい」

 疲れた顔をしている母に改めて謝ると、「人身事故なら仕方ないわ」と言われる。

「タイミング悪いよな」

 社会人一年生、二十三歳の空斗(そらと)は身長が高く、美形と言える外見だ。

 空斗もピアノの英才教育は受けたが、その道には進まなかった。

 だが音楽は好きらしく、現在は東京のゲーム会社に入って音響関係の仕事をしている。

「花音ぐらいの年齢なら、週末に結婚式とお葬式が重なるとか、時々あるのよね。私も体験したから。人身事故も仕方のない事だし、気にしなくていいわ」

「……うん」

 母は普通に励ましてくれたのだと思うが、突き放されているように感じるのは花音の被害妄想かもしれない。

 あの事件があってから、母とはうまくコミュニケーションが取れていない。

 父と弟とは普通に接する事ができているが、音楽に関わる話題が出ると花音は無口になり、自然とその場から離れるようになっていた。

 一人暮らしをして仕事を始めるようになっても、たまに母から仕事、生活はどうかなどのメッセージを受けても、一言二言で終わってしまうのが常だった。

 催事場ではこれから食事が始まるようで、スタッフたちが会場の準備をしている。

 祖母は有名なピアニストだったので、参列者たちは大勢いた。中には会場に入りきらない人もいて、受付に香典を渡して焼香をして帰る……という人達も大勢いた。

 黒紋付を着た母は、父や親戚たちと一緒に挨拶をしている。

 ちなみに祖母より年上の祖父は、数年前に既に他界していた。

 花音はしばらくぼんやりと祖母の遺影を見てから、両親の斜め後ろに控えて挨拶してくる人々に頭を下げた。